Archive for 2019

『DAYS』を薦める理由。

2019.11.26

暗黙知に支配される人と、暗黙知を否定する人、実は同じ。
たしか、吉岡隆明さんの本だったと思うが「どんな職業でも10年続ければ食えるようになる」というのは、暗黙知を重ね、活用できるための年数でもある。
大学卒業を22歳だと仮定すると、その後10年間同じ職業を続けて、やっとそうなるということ。
転職を繰り返してしまった人が失うのは、職種の暗黙知がリセットされてしまうことだ。
転職する前と後の共通点を見つけ、その経験値を積み重ねることは、思っているほどたやすくはない。
そんなにみんな、したたかじゃないんだから。
まずは、自分が無能だということを十分理解すること。
『DAYS』の主人公が持っていることを、ぼくが出会う人々は持ち合わせていない。
彼がゴールを決めたときに、ベンチにいた彼の同級生が「報われて欲しかったんだ」と思っていたように、誰かに「報われてほしい」と願われる人が、この世の中でどれほどいるだろうか。
ぼくが出会った中で、仕事をやり過ぎている人の特徴は皆、「不安だ」と言う。
不安に駆られて、仕事をしてしまうと。
その気持ちはぼくも一緒だ。
「もっとよくできるんじゃないか」
「見落としているものがあるんじゃないか」
「見えていないイメージがあるんじゃないか」
自分を無能だと自覚することで、力をつけなきゃと駆られる。
すると、いつの間にか経験という暗黙知が積み重なっている。
毎日、この繰り返しだ。
写真を始めてから17年、デザインを始めてから13年。
まだまだ、この景色はおもしろい。

肉の底力。

2019.11.25

消化の日でした。
そんな日が暦にあるのかは知りませんが、ぼくにとっての日曜日は、消化の日でした。
土曜の夜に、とってもおいしい焼肉をご馳走になって、調子に乗って、普段食べない量をパクパク食べたんですよね。
そんで朝起きたら、体中がだるいのなんのって。
肩は痛いし、お腹は張ってるし。
もちろん、焼肉には責任はないです。
朝起きても、体が重くて起き上がれず、しばらくの間、布団の中でごろごろしていました。
暫くすると、お腹が空いてくるのですが、下腹部に空きがないんです。
なので、朝ごはんは妻が淹れてくれたハーブティーだけです。
その後、色々やってから、お昼に蕎麦を食べたら、ちょっと気持ち悪くなってしまって、午後は読書と昼寝と英語の宿題を少し進めるだけでした。
 
こうやって考えていると、改めて「肉」の底力って、すげぇなと。
体というのは人ぞれぞれですが、ぼくの許容量を超えた肉を食べてしまったんでしょう。
この底力の塊を、ぼくの体が消化し、吸収するのには、丸一日必要だったわけです。
寿司や刺身を食べてもこんなことにはならないだろうし、鍋を食べてもならなかったでしょう。
やっぱり、肉ならではの出来事なんです。
一枚一枚の力は小さくても、数を重ねていって、腹の中で塊となった肉の底力。
ぼくの体と肉弾戦を繰り広げていたことでしょう。
胃や腸だけでなく、筋肉組織や関節に至るまで、数々の器官を総動員して消耗して、ようやく、肉の塊はぼくの体になったのです。
 
いや〜、昔の人たちもこうやって肉を喰ってたのかなぁ、としみじみしちゃいました。

遊びだから好きになる。

2019.11.24

今年の前半は「うんこアプリ遊び」を発明(?)して、その後、研究がてらガンプラやスマホゲームにハマり、今は頼まれもしないで、世界一好きな近所のお店のロゴと看板を作っています。
「どこにそんな余裕があんの?」と問われても、「そんなもんお構いなし」と答えるしかありません。
なぜなら、これ全部、「遊び」なんです。
 
今の世の中は、ちょっとした機能におしゃれなデザインをくっつけて、持続可能性だよね〜、社会貢献だよね〜、という言葉をくっつけて売っているものがほとんどです。
まぁ、売れるものって、そういうものです。
チームで和気あいあいと進行させるやり方とか。
でも、同時に、もうみんな飽きてきている頃でしょう、というのは随分前からぼくは話しています。
飽きているなら救いはありますが、既に息苦しいところまできているのが、今の日本です。
それでも、ここから外れるのって、どこか「頭イカれてんちゃうか」と後ろ指さされるような気もして、誰も脱線しないわけです。
 
ぼくは今年の初めから、脱線し始めました。
まだ試験段階なのかもしれませんが、二年前の資料を読んでいて、大きく自分が成長していることに気がつきました。
遊びの感覚で続けてきたことが、専門的な技術となる。
気持ちいいから続けて、続けるから専門家となる。
これが健康的な職業の就き方じゃないかと、気づいたのです。
 
思えば、ぼくはセンスがあるわけではありません。
メゾンブランドを着るわけじゃないし、ファストファッションや、エシカルファッションをしているわけでもないです。
いつでも仕事ができて、仕事の邪魔にならない服装を選んでいます。
写真だって、ぼくよりも才能のあると思った人たちが、どんどん辞めていきました。
デザインだって同じです。
才能のある人たちが、つまらない仕事と会社にいることを選んで、日々を過ごしている。
そして、原石だった才能を磨くのではなく、土中深くに自ら沈めてしまいます。
 
別にそのことについて、何かを言おうとは思いません。
仕事って、誰に言われずとも、もっと楽しいことっていうことです。
人と関わっておもしろくなるとか、つまらなくなるとか以前に、自分がおもろいと思ったことを続けるから、力がつくわけです。
飽きたら辞めちゃって、また興味が出たら再開すればいいわけで。
好きこそ物の上手なれ、とはよくいったものです。
仕事だから好きになるんじゃなくて、遊びだから好きになるんだ。

機材負担と経営者。

2019.11.23

昨日の展示会。
展示品よりも、記録撮影をしているカメラマンの違いに興味をもった。
会場に点在しているカメラマン。
双肩にはC社、N社のフラッグシップの一眼にストロボを装着させて、それぞれ一台ずつの、合計二台持ち。
中には三脚までくっつけている人もいる。
これは日本の展示会では見慣れた光景だ。
一方で、欧州企業が集まっているブースのカメラマンの装備。
ミラーレスと思われる小ぶりなカメラに、手振れをしないためのジンバル(スタビライザー)と呼ばれる装置をつけて撮影している。
人混みを縫いながら、動画を撮影している。
ジンバルをつけていると、普通の歩き方と違う「ジンバル歩き」になるので、よくわかる。
どちらがカメラマンの負担を減らすかは明白だ。
だが、機材一式を変えるというのは、雇われカメラマンでは承認されない。
つまり、経営者の考え方の違いだ。
日本でも、高い従業員ランクに比べて、低い労働生産性が注目されるようになってきた。
それは、デービッド・アトキンソン氏が言うように、経営者のレベルの低さだ。
先日、「企業の目的とは利益を出すこと」と書いたが、それすらわかっていない格好つけの経営者が多いのも事実だ(私が会った中でだが)。
そういう経営者の下では、従業員が安い賃金と、長い労働時間と、パフォーマンスの低い機材によって我慢を強いられている。
「我慢するぐらいなら、さっさと辞めればいいじゃん」というのが、私の考えだが、どちらにせよ、変わらなければならない層が変わらない限り、日本は変わらない。
ちなみに、展示会の記録であれば、「最新のスマホにジンバルつければいいじゃん」というのが私の考え。

楽しむには、よく寝ておくこと。

2019.11.22

困ったなぁ、と思っています。
何に困ったなぁ、かというと、楽しさがなかったんですよね、今日。
仕事から始まり、漫画と、昼食と、展示会と…という具合に、今日のあれこれを通して、「あれ?楽しくなかったぞ」と。
 
閻魔帳のようにこれらの内容を書いたとしても、楽しくはならないのはわかっているので、そんなことはしませんが、ま、寝ていないのも手伝っているでしょう。
医者からは「よく睡眠をとるように」と言われていますが、はい、すいません、昨日は寝てないっす。
 
昨日のお昼までは、楽しく仕事をしていたのを覚えています。
ラフと呼ばれる下書きをやってて、「すげぇのが描けたぜ!」と興奮して、そのまま制作に入って、やっぱりよかったんですよね。
そこから、まぁ、別件が入って「う〜ん?」というね。
 
それで、漸く今日の気づきですが、「楽しむためには、睡眠が必要」。
夕飯は自炊で美味かったし、昨日の続きで、めちゃんこいい看板作ったりで、楽しいことは色々あったはずです。
でもね、楽しさの波に乗り切れてないんですよ。
「波? あぁ、はいはい」という感じなんです。
よくないですねー、これはよくないですよー。
今日はちゃんと寝て、明日は明日でちゃんとおいしいものを食べようと思います。
それに、温かいお風呂に浸かって、「はぁ〜」と深呼吸をしようと思います。
 
今日はいつもよりも短い内容ですが、これでご勘弁を(誰にやねん)。