Archive for the ‘おすすめ’ Category

寺島響水さんの展示会「重重」。

2019.7.13

雨の金曜日、凄いの観た。
書家、寺島響水さんの展示会「重重」を観るために恵比寿へ。
感想を言うと、いやあ、すっごい。
 
クライアントワークでも、オリジナルワークでも、ぼくの「線」との関わり方は、点を線に、線を面に、面を球にして、一番多くの(クリティカルな)点を見つけて射抜くやり方だ。
それとも違う、けれども、線が面になり、面が高さを持ったり、形を持ったり、重なりを持ったりすることで、線の奥行きが続いていく。
面で見ている線は、空を飛んでいるようだったり、水の中を泳いでいるようだったりと、とても自由だ。
「線って飛んだり、泳いだりできるんだ」と、感動した。
そして、奥行きを持った面による線は、もっと自由に遊んでいるようだった。
水族館で自分の頭の上を魚たちが泳いでいるような視点の発見があったり、それでいて、迷路をゴールから覗くような、ちょっと甘酸っぱい、いけないいたずら心を思い出す感覚も覚えた。
 
こんな世界があるんだと、正直驚いた。
思わずカタログと作品集を両方買っちゃったよ。
大きい方のカタログは、家に帰ってから観ても十分面白く、「ああ、こんな線があって、重なりができるんだ」と発見がある。
分解して、自分なりに重ね遊びをしてみたいほどだ(カタログは勿体無いから、自分でやってみよっと)。
小さい方の作品集は、制作における共感の方が勝って、今の自分には見た目としての面白さを満喫できていないけれど、満喫できる予感がしている。
上るための階段が、うっすらと見えているような感じだ。
そんなことを含めて、まだ知らない世界があるってことに、ワクワクしている。
そう、ワクワクしたんだ。
 
いや〜、瞳孔開いたわ。
展示会は14日(日曜)までだから、急いで行った方がいいです。
絶対に損はない。
 

橋のような仕事。

2019.7.12

野菜を炊いた小鉢、よく漬かった漬物、出汁の効いた味噌汁。
こういう料理を出してくれるお店は、何を食べてもハズレがない。
お昼時にこのお店のある街にいれば、必ず食べに行ってる。
思えば、こういう料理を出してくれるお店って、おじちゃんとおばちゃんが切り盛りしている。
年齢的には、おじいちゃんとおばあちゃんだ。
みんな腰やら足やら痛めながら続けているけれど、こういう「ちょうどいい味」って、続けなきゃ出せないんだろうとつくづく思う。
若いうちは個性的でなければ売れないと思うもんだし、中年に近づくに従って本質であろうとこだわりが強くなるが、そのどれもが辿り着けないレベルがある。
個性が尖っているのでもなく、強いこだわりを追究するのでもなく、単純に腕がいいってことなんだと、常々思う。
水に浮かぶ足場を飛び移るように、転職を繰り返すのもいいだろうが、時間をかけて作り続けた橋はたくさんの人々が渡れるように、続けた仕事はたしかな技術となって、多くの人を安心させる。
愚直に続ける奴をサムい奴、ダサい奴とする風潮もあるが、続けたもん勝ちってこともあるんだよね。
 

『しらずしらず』を読んでいる。

2019.6.27

まだ途中だが、『しらずしらず』という本を読んでいる。
原著はアメリカの本で、「人の選択には無意識が作用している」という内容なんだけど、「適切なフォントの選び方と整えられた文字組の方が選択されやすい」という、「流暢さ効果」のデータは多くの企業が参考にした方がいいだろう。
だから、チラシ一枚、バナー一枚、名刺一枚から、手を抜いちゃいかんぜよ。
 
チェックのときに「素人っぽいね」と言うことが度々あるが、若手の成長の第一歩は、ここの線引きが身につくかどうかにかかっている。
年鑑なんかをすべて分解して、トレースするのが、一番成長できる。
デザインを教えるときに、全員にやらせていること。
部活っぽく言うと「デザインの走り込み」。
だから、少なくとも三年間はやらせる。
 
そして、購買行動における「偶然」や「運」と言っていたことが、無意識の総体とも言えるなと思った。
あれ? 大学時代に習ったことに立ち返っているな。
ああ、そういうことか。
特にここ数年「江口さんの言った通りになった」と言われることが増えているが、「詳しく説明すると嘘っぽくなるけれど、たぶんこうなりますよ」と言った曖昧なことを覚えていてくれたクライアントは凄い。
長い付き合い、短い付き合いになる違いは、こういったことを覚えてくれているかどうかな気がしている。
 
直感を働かせるには、説明しきったらダメだ。
そのためには、言葉の力を信じて、事前に内省で言葉を出し尽くさなきゃならない。
ぼくらが耐えなきゃいけないのは、説明しきらない孤独だ。
早く楽になろうとしちゃ届かない。
いいものを、作りたいだろ?
売上をあげて、信じてくれた依頼人や社会に貢献したいだろ?
歴史をアッと言わせたいだろ?
こうやって自分を鼓舞して、無意識の直感を鍛えていく。
それが、今のぼくに繋がっている。
 

町を好きになるためには。

2019.6.20

知らない町を好きになるには、おいしいご飯屋さんを見つけられるかどうかが鍵な気がしている。
学生の頃にイベントに参加して以来、縁遠かった町、三軒茶屋。
バスで行ける距離に引越したこともあって、頻繁に行くかと思っていたら、当初はあまり馴染めなかった。
男物も売っているハンカチ屋さんに行くようになり、そろそろハマり出すかなと思っていても、ハンカチ屋さん以外はなかなか馴染めない。
けれど、おいしいカレー屋さんを見つけてからは、少しずつだが、贔屓にするお店と出会えるようになってきたのだった。
ハンカチ屋さんもカレー屋さんも三宿なので、純粋に三軒茶屋と言っていいのか迷うところだったが、落ち着く漫画喫茶さんや、ボリューム感たっぷりの中華料理屋さん、そして、最近ハマっているラーメン屋さんと次々にいいお店と出会うようになった。
中でも最後のラーメン屋さんは、三軒茶屋に行けば必ず行ってしまうほどになったお店だ。
化学調味料を使わず、グルテンフリーの玄米麺を選べるのにも関わらず、千円を切る企業努力全開のラーメン屋さん。
味は塩味(えんみ)の効いたキレのある醤油系。
こういう健康系飲食店だと、量も少なく味もボケているのに、大層な値段で、上から目線の接客になっているお店も少なくはないが、ここは大丈夫。
とても気持ちのいい接客と、清潔感のある店内で、落ち着いて食べることができる。
そうそう、書いていて気づいたことがある。
いま挙げた店舗はどこも、接客が丁寧で気持ちいいんだ。
別に神様のように接する訳じゃないけれど、嫌な気がしない接客というのがある。
「いらっしゃいませ」の挨拶をお客の方を見て言うとか、お客の雰囲気を察してから声を掛けてくれるとか、自分が人として大事にされている気持ちになるんだ。
提供する商品の品質と同時に、接客の品質も大事なんだよなあ。
本当に、毎回勉強になる。
業種は違うけれど、自分も見習わないと。

ただの寒天。

2019.6.19

朝食に甘味を食べるのが好きなもので、種類を変えながら長いこと続いています。
それで、引越しをしてから作っていたのが牛乳寒天です。
そこから杏仁豆腐。
そんで今はただの寒天。
水と粉寒天を煮立たせて冷やしただけの寒天と、精製していないきび砂糖に、水を加えて煮詰めただけのさらりとした黒蜜。
結局、これに行き着きました。
これにフジッコの黒豆をちょこっと加えて、毎朝おいしく食べています。
しかし、子どもの時はあまり好きでなかった寒天の甘味。
最近スーパーで買った葛切りを食べて、よく分かったことがあります。
酸味が不味い。
伊豆で食べて以来好物の葛切りも、不味いものは不味いんだ。
なんの成分がそうさせているのか、とにかく、スーパーで買う寒天系の甘味って、不思議な酸っぱさがあります。
これが苦手なのです。
(得意な人を非難しているわけじゃないですからね)
寒天と黒蜜も、自分で作っていたらもっと早くに好物になっていただろうか。
いや、タイミングなんだろうな。
好きになる時期と、作ったタイミングがピッタリあったのでしょう。
人間関係も食べ物もピタッとハマるって、タイミングなんですよねー。
棒寒天で作ってみたいけれど、どうせならいい棒寒天を使ってみたいです。