Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category

3,300円のジャム。

2018.10.18

近所にできたオシャレ雑貨屋で買ったジャム。
その価格、3,300円。
値札をよく見ずにレジに持って行ってしまった自分を悔やむが、まぁ、ものは試しということで。
ちなみに一緒に買ったザルは、2,916円。
こっちはしっかりと値札を確認。
そう、ジャムの方が高い。
 
桃といちじくのジャムで、農薬も化学肥料も使っていないとのこと。
桃好きの恋人のために買ってみたけれど、逆に怒られるパターンですね。
 
それはさておき、店長らしい女性の話を聞いていて、気づいたことがあります。
このジャムの説明をするのに、スマートフォンを開いてメモを見ながら話をしていたのが、どうも心地悪かった。
何かと似ていると考えたら、打合せで自分の言葉で話さない人たちのことを思い出しました。
「自分の言葉でしゃべれ」
スマートフォンを見ながら、「〇〇にも合います。△△にも合います」と、女性は話してくれたが、何一つとして頭に入らなかった。
その後、お店のSNSを確認したら、このジャムのことが書かれていた。
 
若手によく説教をするけれど、何かを薦めるときは、自分が体験していいと思ったものだけを薦めないと、人は信じない。
少なくとも、ぼくは信じない。
どんなに拙い言葉でも、たどたどしい話し方でもいいから、自分の言葉で話せる人になって欲しい。
 
ジャムには悪いところはないので、何に合わせようか。
やっぱり最初は、米粉のパンケーキかな。
 

違いのわからない人がこだわる。

2018.10.17

ぼくの仕事で驚かれることのひとつに、「どっちでもいい」があります。
こういう仕事をしていると、小さなことにも口うるさく指摘をして、とことんこだわるイメージがあるのでしょう。
「違いのわかる人」を装うのにはうってつけです。
けれども、ぼくはこの逆に当たる「どっちでもいい」を頻繁に口にします。
 
多いのは、言葉尻です。
ライティングの大前提に「その」よりも「この」の方がいい、とか、
短い方がいい、とかありますが、
一点もののオーダーメイド製品をつくるようなサービスとは違い、概ね現代のサービスって似たり寄ったりなので、言葉尻で大きく差が出ることはないのです。
 
ただ一方で、「頑固」とも思われることもあります。
サービスの根幹から悪い方へ外れてしまうときです。
「うーん、危険だなー」と言葉を漏らすときがありますが、こういうときにぼくは根幹に戻そうとします。
 
根幹からずれない範囲のことであれば、たいていのことはどっちでもいいことなのです。
根幹なのか、枝葉なのかの違いがわかれば、もう十分です。
違いがわからない人が、枝葉の違いに囚われるのです。

雑感

2018.10.13

わかりにくいサービスだから、わかりやすく見せなきゃいけない。
魅力がないサービスだから、魅力的に見せなきゃいけない。
いいサービスであれば、そのまま伝えればいい。
下衆や下品やせこい奴を相手にしているから、サービスが廃れていく。
 

中央省庁のおふれからデザイン経営って言葉が広まってしまっているが、デザイン料を広告宣伝費から捻出しようとしていたら、ダメですわ。
事業開発費や事業戦略費から出さないと。
 

「マーケがデザインを壊す」とは頻繁に耳にするが、デザインを信任してくれたマーケと出会ったことがある。
たったの二人だけ。
超老舗の超大手。
この二人は数字の使い方もうまかったな。
みんな「売りたい欲望」に負けるんだよなー。

ふざける天才になりたい。

2018.10.11

昨日ツイッターで「むずかしいことを言うのか、いや、かんたんなことを言いたい、むしろ、ふざけたことを言いたい。」と書きました。
 
打合せをまじめそうに切り抜けるのは簡単だ。
腕組みをして、難しい顔をして、得意としていることを述べればいい。
もしくは、グラフかなんかを出して、数字を言っていけばいい。
些細なことまで口うるさく言えば、さらに賢そうに見えます。
そんな打合せがたくさんあるでしょう。
 
けれども、そんな打合せはつまらないし、堂々巡りなんですよね。
本当は、いつまでたっても机上の空論なことには変わりはないですし。
取らぬ狸の皮算用とはよく言ったものです。
 
本当に賢い人と話していると、根幹だけこだわって、些細な違いはどうでもいいことに気がつきます。
めっちゃゆるいように見えるのです。
 
と、ここまで書いておきながら、この内容も、ふざけてないなーと気づきました。
ふざける天才になりたいです。

放っておく。

2018.10.9

A「風邪の症状で医者の診察を受けているのに、『水風呂に入りたい』という患者」
B「風邪の処方箋を出されているのに、勝手に水風呂に入ってしまう患者」
 
AとBの差はありますが、依頼仕事をしていると、こういう依頼人とよく出会います。
デザインとか、コピーライティングの場合は、かなり多いかもしれません。
一応、止(と)めますが、やるかやらないかを決めるのは依頼人なので、その先は好きにさせます。
その結果がどうなろうと、こっちは知ったこっちゃないです。
契約書にもこの旨は書いています。
 
この頻度が多いと、契約を終了します。
ヤブと噂が立っても困るので。
 
なぜ専門家に依頼しているのか、理解しないまま依頼するとこうなっちゃいます。
ぼくだけかと思ったら、どんな大手事務所や大御所にも、こういう依頼人は後を立たないようなので、依頼人をどうにかしなきゃいけないんでしょうね。
 
ぼくが誰かに依頼するときは、自分ができないことを理解した上で依頼します。
時間がなくてできないことも、能力が足りなくてできないことも、「できない」ということにおいては同じです。
専門家としてやってくれていると、信じて任せるしかないのです。