Archive for the ‘体の健康’ Category

デザインも治療。

2019.2.1

二度目の整骨院。
三度目のギックリ腰をきっかけに始まった、骨盤矯正。
毎回、刺すような痛みに耐えながら、矯正してもらっています。
 
ただ、施術後は、スッキリしているから不思議です。
スッキリしながらも、固まっていた骨盤が動くようになるので、骨盤のあたりがフワフワした感じもします。
普段使われていない箇所が使われるようになるので、その部分は普段よりも疲労や筋肉痛のような痛みがでます。
 
治療に伴う痛みや浮遊感のことを考えてみると、ぼくらの仕事で、依頼人たちが経験することと似ていると思いました。
効果的に機能するデザインをつくるためには、依頼人たちにとって平坦な道ではありません。
デザイナーから痛いところをつかれたり、今まで目を背けてきたことに対峙させられることも、度々あります。
面倒くさいこともやらなければなりません。
 
注文をして待っていたら、優れたデザインが上がってくる、なんて夢物語はありません。
そして、苦労して手に入れたデザインも、依頼人がまだ着こなせていないことも、往々にしてあります。
潜在能力を開花させたときに、互いにふさわしい存在になります。
 
だから、しっかりと作られたデザインというのは、依頼人たちにとっては、まだ、フワフワした状態でもあるのです。
最初は依頼人たちにとって、手に余るデザインになっています。
これが、事業を依頼人が続けていくことで、しっくりくるようになります。
デザイナーが関わるまで、依頼人のデザインは不健康だったのですから。
 
こんなことを考えると、骨盤矯正の刺すような痛みも、まぁなんとか耐えれます。
ぼくの骨盤も、これからちょっとずつ、健康にしていかなきゃな。

職業寿命を伸ばす。

2019.1.31

感傷的とも違うが、心身の身体の方が色々、ガタがきている、とは思う。
人生をマラソンに喩えることがあるが、走ってゴールを目指す身体ではないことは、自分でもわかる。
散歩のように歩いて、休んで、また歩く。
身体のメンテナンスも、速く走るためではなく、歩ける身体にするために必要なことだ。
異常な速度での成長は、ちゃんと身体にも異常がでるということ。
 

パターンで仕事をすることに抵抗があるので、毎回新しいことに挑戦してしまう。
まさか、ここまで手書きを増やすとは。
そういう案件と出会えたから、こうやって試せる。
なんてラッキーなんだろうか。
 

クライアントワークの基本は依頼人がいなければ、ぼくらは仕事にならないということ。
身体の方が先に参ってしまうのか、依頼がゼロになるのが先なのか、わからないけれど、どんな状態になっても、自分の限界を超えられる仕事が舞い込んでくるのは、とても嬉しいこと。
よっしゃ、仕事も、仕事をするための身体のメンテナンスも、がんばろ。

3センチのずれ。

2019.1.30

不健康は仕事をなくす要因になるから、体調不良は言わないようにしているが、ギックリ腰のように動けなくなっちゃうと、どうしようもない。
取引先にも、今週は作業できない旨を伝えた。
 
一夜明けて火曜日の朝、歩けるほどの痛みになったので、整骨院で診察を受けたらびっくり。
骨盤が3センチずれてるらしい。
妊婦が出産で骨盤がずれるときと同じだと。
知らない間に、子どもを産んでいたとは。
いや、産めねーし。
 
こういうやりとりができるほど、不思議と、今回はへこんでいない。
扁桃腺炎の後にギックリ腰だから、いつもの俺だったら、けっこう心のダメージが大きいはずだが、そうでもないのだ。
 
まぁ、しょうがないな。
なるようにしかならん、という気持ちの方が強い。
これって、経験だよなぁとも思うんですよね。
動けないときは、しようがない。
経験を積むと焦らなくなるが、こういうときも同じなんだろう。
ということは、それだけ、突発的な病気や怪我が多かったということ。
あまり褒められることじゃあないな。
 
休むときは休む。
動けるようになったら、がんばる。

見方を変える。

2019.1.19

昨日の話じゃないけれど、あっしも喉が痛くなりました。
昨夜、喉が痛いなあと思いながら布団に入って、考えごとをしていました。
 
思考の老廃物は、どうやって排出されるのだろうか?
 
飲食の老廃物はうんちやおしっこになります。
体の細胞が菌と戦った後の老廃物も、鼻水や喉の吹き出物のような形で出てきます。
この過剰反応がアレルギーだそうで。
 
そこで、入ってきたもので体がいらないと判断したものの排出は見てとれますが、目に見えない情報や思考の老廃物はどうやって排出しているのだろうかと、考えていました。
 
こうやってものを書いていることもひとつでしょう。
SNSもそうだよな。
炎上なんてこれをよく表している。
酔っ払って管を巻いているのも、そうでしょう。
愚痴を言うのは、わかりやすいかもな。
愚痴は瘴気を帯びるともいいますし。
 
ぼくが腎臓の持病を持っているため意識が向いてしまうのですが、誰でも老廃物を排泄できないと体調が悪くなったり、死に至ったりします。
これと同じように、情報を手に入れるだけだったり、考え事だけして、外に出さないと悶々とするのが人間です。
 
そう考えていると、ぼくらは常に老廃物を排出していると言えます。
綺麗事が、聞く方にとっては好まれないのもわかります。
アウトプットと格好良く言っても、老廃物ってことだ。
カッコイイことを言う必要なんて、ないんだよ。

焼きリンゴとあんこ。

2018.12.14

最近、硬い内容が続いたので、やわらかいことを書きたいなーと考えています。
でも、思い浮かぶのは硬い内容なので、参ったなぁ、という次第です。
 
そもそも、こういうときの信号として、「じっくり作る料理」をやらなくなります。
たとえば、いま家にはリンゴが二つあり、妻はぼくの作る焼きリンゴが好きなのです。
でも、作ろうとしないんですよね、ぼくが。
切って、皮を剥いて、バターでじっくり焼いて、最後に砂糖をまぶすだけなんです。
 
あんこだって作っていません。
小豆を煮て、お湯を捨てて、もう一度煮て、お湯を捨てて、最後に砂糖とちょっとの塩で煮込むだけです。
 
こういう料理の共通点は、火の元の前にいなきゃいけないってことです。
おいしく作るコツのようなものがあるのなら、ただそれだけです。
それでも、やろうとしないのは、ぼくに問題があります。
やる余裕を持てていないのです。
 
来年の5月まで、新規の依頼は相談の話し相手しかできないと伝えています。
それでも相談事をしにきてくれるのは、とてもありがたいです。
相談事を受けても、すぐに何かを作るような仕事の仕方はしていないから、通常どおりでもあるんですが。
 
まぁ、ほんとに、もうすぐ正月だし、あんこぐらいは煮て、妻のために焼きリンゴぐらいは作りたいものですけどねー。