Archive for 2014.7

名も無き闇

2014.7.27

どんなことでも、歴史を知っていくと、人の想いというのに触れます。その想いはどれも強く、理に適っているように思われるのですが、残るということは、それだけで強かったということでもあります。そして、残る人達の周りには、関わっていたのに残らなかった人達がいることも事実なのです。
 
光っている一点だけを見れば、その輝きに目を奪われるでしょう。その輝きの連鎖を追って、僕らは歴史を知ることになります。しかし、その輝きは、闇となってくれた人達があってこそ、光り輝くことが出来たのです。 
 
僕が今生きているのが、先祖代々の血筋が紡がれた結果だということと同じで、名も無き闇となった人達のことを、最近は度々、夢想するようになりました。

本当は

2014.7.26

「何故、道具が必要になるのだろう?」と疑問を持つことがあります。
 
「何故、パソコンを持つのだろう?」
 
「何故、カメラを持つのだろう?」
 
「何故、携帯電話を持つのだろう?」
 
独りで生きていくのなら、必要のないものだというのはわかります。しかし、ここで疑問を持つものたちは、機械であって、道具すべてということではありません。
 
「何故、棒を持つのだろう?」
 
「何故、水筒を持つのだろう?」
 
と、原始的な暮らしをすれば、「必要なもの」を持つ必要性がわかります。つまり、先に挙げた機械達は、本当は必要のないものかもしれないという疑念が生じるのです。本当は、星を眺め、そのまま、眠りにつきたいということが、自分自身が一番よくわかっているのです。

天命

2014.7.21

絵を描き始めようと思ったのは、いつの頃だろうか。物心がついた頃には既に描いていて、むしろ、絵を描いているところから記憶が始まったような気さえしている。家にはピアノがあり、姉兄はしっかりとピアノを習い、僕はというと何と無しに習い始め、そのままやる気をみせないまま、小学校の低学年で辞めたと思う。
 
中学以降も何と無しにデッサンをしては辞めての繰り返しで、特に熱心さは見せなかった。変わったのは、大学に写真と出会ったことだ。カメラは使い捨てカメラしか知らず、全てのカメラにフラッシュが付いていると思っていた。だから、「ストロボ」なんて単語は皆目見当がつかず、今でも当時のことを思い出しながら、「ストロボ」と言うと、どこかに気恥ずかしさが芽生える。
 
その後、「光を描く=photography」ということを知り、「写真」と「描く」ということが自然と合わさり、幼い頃に積み重ねた素養が、目を覚ました。しかし一方、写真を生み出す廃液処理の仕組みに嫌気がさして、デジタル環境に移行し、「物をもたない生活」が同時に始まり、iphoneで撮影するようになった。
 
iphoneで撮影し続けていたのは、自分にピタッと合うカメラがなかったという理由も手伝っていたが、今年からNikon Dfを使い始め、レンズはフィルム時代に使っていたマニュアル用のレンズで組んでいる。
 
このように考えると、僕が生まれてから今までに経験したことは、全て繋がっていて、何一つとして無駄なことをしていなかったということに気が付く。それは、喜びの前に、全てのことは決まっていて、僕らは決まった流れの中で、「自由」を謳歌しているに過ぎないのだと感じる。
 
とは言っても、たとえ、全てが天命として決まっていたとしても、自分の手と足を汚して、自分にとって未知であった領域を発見する喜びは、何事にも代え難い。その領域が誰かが既に辿り着いていたとしても、自分で辿り着くということが、楽しいのだ。
 
あぁ、思い出してきたぞ。この感じだ。
 
腕が写真であったらと想う。目が写真であったらと想う。体が、性器が写真であったらと想う。狂信的であろうが、自分の全人生が、そのためにあったのだと、真実に気付く感覚。時間がないことに焦り、残り時間の少なさに焦り、もっとつくりたい、もっとつくらなければという焦りとともに、傑作を送り出せというジレンマ。
 
そうだ、この感じだ。
 
僕は、自由だった。まだまだ、つくれる。

千住博美術館に行ってきた。

2014.7.19

軽井沢にある千住博美術館に行ってきました。軽井沢駅からタクシーで美術館に向かい、発券機でチケットを購入し、入場した後、美術館内にあるトイレで気が付いた。ケータイがない。タクシーの中で、携帯電話を使って帰りの電車の時刻を調べたのは覚えていたので、すぐにタクシー会社へ電話しようとするも、レシートを受け取っていないことに気が付き、そもそも携帯電話がないのだから電話すら出来ないのだった。
 
美術館のスタッフにタクシー会社を教えてもらい、電話を借りようとしたらミュージアムショップしか電話がないとのこと。そのままミュージアムショップに行き、ことの説明を店員さんにして、電話を借りようと思ったら、その店員さんがタクシー会社に取り次いでくれるとのこと。すると、やはり携帯電話はあり、そのタクシーの運転手さんが僕の下へ届けてくれるというのだった。
 
一連の出来事の中、焦る気持ちよりも、無事に手元に戻ってくるだろうという予感の方が強かったのは、軽井沢に流れる休暇の雰囲気のお蔭だろうか。しかし、軽井沢に到着してからの、食道から駅弁屋、ホテルのフロントの雰囲気には何か癪に触るものがあったので、もしかしたら、自己防衛が働いて、ゆとりの気持ちを持とうと努めたのかもしれない。
 
携帯電話が手元に戻ったので、展示の観賞を再開。内容もすばらしく、様々な表情の滝を見ることができた。また、若干の傾斜を持っている会場内を歩かせる構成により、自分が重力の中に生きている神秘を感じることができたのだった。途中、作品に近づき過ぎて、スタッフの方に優しく注意されたが、その人の声も美しかった。軽井沢パワー、恐るべし。
 
展示を見終わり、そこで千住博氏の空気は途切れるかと思ったが、土砂降りの中、雨宿りをしながらタクシーを待っているときに奏でる雨の音色が美しく、雨が止んだ空から覗く、陽の光は日本も世界も関係のない、地球そのものだった。
 
空の写真を撮っているうちにタクシーが到着した。乗車すると、「さっき、お客様の前に千住さんの弟さんが乗っていたんですよ」とのこと。ストラディバリウスを大事そうに抱えていたと言っていたので、もしかしたら妹と聞き間違えたのかもしれないが、自分の座っている席にストラディバリウスの蓄積された歴史の一抹が残っているようで、バイオリンに無知の僕でも感慨深いものがあったのだった。

映画2本と変化

2014.7.13

「ザ・エンド」を観た。絶景の描写は、それだけで強いと途中まで展開の遅さに疑問を持っていたが、途中から人生の最期を迎えるときの心情を見ているようだった。後悔、怒り、不安、、、人は独りで産まれて独りで死んでいく。そのとき実際は孤独であり、孤独に支配されるとーー。しかし、ラストシーンで希望を持って夜を明かしたとき、誰も知らない未来へと続いた。僕らは死を恐れる。僕らは予測不可能な未来を恐れる。しかし、死は未来であり、未来は誰もわからないものなのだから、恐れ、孤独を感じる必要はない。そんな人生訓を再確認する映画だった。
 
つづけて、「風立ちぬ」を観ました。色々、詰め込まれている映画だったけれど、最後にはやっぱり涙がこぼれる良さがあった。持病持ち、仕事人間の故、どちらの気持ちも分かってしまう。優しい配慮で包まれていた映画だった。
 
話は変わるが、久し振りにお米を炊いている。良い香りがしているが、前ほど感動していないようだ。食欲が落ちていることといい、何か根本的なところが変わってきているのかもしれない。