Adobe MAXから考えるクリエイターに依頼するタイミング。
2016.11.10
クリエイターには欠かすことのできないツールを発売しているAdobe(アドビ)社。都合が合わず行けなかったが、そのAdobeにおける新技術を披露するAdobe MAX 2016がアメリカ・サンディエゴで開催された(※1)。2Dから3D描画が簡単に作れるツールや、文字だけの手書きの下書きから適合する写真を自動で選んでくれるツール、人間の声を覚えさせて編集し、元はなかった部分さえもその人の声で再現できるツールなど、これまで専門職とされてきたスキルが民主化するのを助ける驚くべき技術が数多く発表されている。
なぜ、このようなことが可能なのか? ビッグデータの解析能力の向上、エンジンの向上、AIの向上など関わる要因は多いが、その大元は決まっている。人間の知覚や認知は理論が決まっているからだ(少数における誤差はもちろん発生するが)。
たとえば、デザインにおける色。シンボルマークを作ったり、Webサイトを作ったりする際に関わってくる色だ。少々古いデータになるが、「COLORlovers(※2)」が発表しているロゴマークで使われている色の多さでは、青系や赤系の色が突出して多いことがわかる。これは、青系には冷静さ・爽快さによる安定した事業のスピード感をイメージさせる効果があり、赤系には情熱やエネルギッシュさをイメージさせる効果があり、その狙いをロゴマークの色に反映させるためだ。実際に、赤色で囲まれた部屋では体感温度が2〜3℃上がるという実験結果もあるほどだ(※3)。
もちろん、良い効果ばかりではない。赤は血の色をイメージしたり、青は寒々しさをイメージさせることもある。自然食品を扱う店舗のイメージカラーが青系だと、扱っているものが食品だと一般顧客にイメージさせるのは難しいが、行政から助成金をもらうのが目的、つまり、B2Bのビジネスとなっているのなら青系でも問題がないだろう(その場合、安心感を与えるために明るい水色より、落ち着いた印象の藍色の方が望ましい)。
こういった理由から、事業にあった色合いや使う量のバランスを調整していくわけだが、バランス量と認知の関係性も決まっている。それは色だけでなく、形やレイアウトにも同じことが言える。つまり、私たちが普段見ているものと見たものから感じる効果は決まっており、だから私たちはデザインやアートを作ることができるのだ。そして、決まっているからこそ、私たちが「スキル」として仕事にしてきたことをAIが学習し、スキルがなくても簡単に「いい感じ」のものが作れるようになっているわけだ。
これからのプロフェッショナルに必要な能力。
しかし、先述したように「学習」し、「決められた」ものを作り出すことがAIにできることである。これは聞いた話になってしまうが、まだ機械やAIができないこととして「人間の手(指)の力加減」と「関係ないもの同士を結びつける能力」の2点が挙げられる。前者においては、蚕の繭(まゆ)から絹糸を垂直に引っ張ることは機械でも可能だが、そのまま糸を引き上げようとすると途中で糸が切れてしまうらしい。途中で糸を切らずに引っ張る指の力加減による繊細な動きはまだできていないようだ。後者においては、先日のブログ(※4)でも他者視点を持つ方法として話した、「関係ない話題」を「結びつける」ということができないのだ。
これは、電子レンジの発明で有名な話がある。軍事用レーダーの研究をしていたスペンサー博士が、レーダーの近くで働いていた人のポケットに入っていたチョコレートが柔らかく溶けていたことをヒントに、「レーダーによる電磁波」と「チョコレート(食べ物)」という関係ないもの同士を結びつけて「電子レンジ」を発明している(※5)。
こういった、関係ないもの同士を結びつけることも、将来的にはAIが可能にするだろう。しかし、それよりも先に、専門職とされるスキルがAIによって民主化し、単一技能における専門職は安価になるか、不要な職業となる。現在、AIによる精度の低さを指摘されていたとしても、必ず精度は向上する。そうしたとき、人間の仕事において必要になるのは、関係ないもの同士を結びつける能力や、多様な顧客体験(ユーザーエクスペリエンス:UX)を予測・選択して形にする能力だ。これらの能力を既存の専門職のスキルと結びつけていなければ、その職業は不要となる可能性が高まる。
これからのクリエイターに依頼するベストなタイミング。
専門職に依頼をするクライアントにおいても、現時点ではAIの精度が専門職のレベルに達していないことを理解する必要がある。そうでなければ、精度の低いものを自作したり、スキルの低いデザイナーに安価で依頼することになる。その先の顧客体験はひどいものとなり、顧客(ユーザー)が離れていくことは言うまでもない。問題提起の段階では素人はとても効果的であるが、問題解決の段階では専門家のスキルが効果的になる。これは、素人の問題提起が「関係ないもの」を生み出し、誰もがハッとする考えに結びつきやすいためであるが、専門的なスキルがなければ解決させることができないからだ。電子レンジを発明したスペンサー博士もエンジニアとしてのスキルがなければ発明(解決)ということは成し得なかった。
そのため、デザインやブランディングにおいて私たちが関わる理想的なタイミングとしては、かなり早い段階が望ましい。たとえば、Webサイトの場合、「Webサイトが必要なのだけれど、どうしたらいいかわからない」という段階でコンタクトをとってもらった方が良い。クライアント(依頼者)の事業のことは私たちは素人なので問題提起がしやすく、問題解決に必要なスキルを持っているので効果的な制作ができる。もしくは、クライアントにとって本当に必要なのはWebサイトではなくて、ブランドイメージを伝えるポスターやイベントツールだったということも実際にある。これも早い段階で関わらせていただいたことで可能にした問題提起と問題解決である。
逆に、ほとんどのことをクライアントの方で決めてしまって「後はカッコよくデザインするだけ(実際はレイアウトのみ)」という状態から関わることが、一番ややこしい状態だ。渡される制作内容が顧客(ユーザー)にとって望ましいものではない場合がほとんどであり、さらには、先ほど挙げた実例のように、そもそもクライアントにとって必要なものが異なっている場合もある。
高い能力を持った専門職は費用も高く、あまり言われたくもないような厳しい指摘も受けるかもしれない。しかし、そのために培っている知識・技術・応用力は費用に相応するものだと言えるだろう。安物買いの銭失いという言葉があるように、安いものには「品質が悪い」という理由がある。作ったものの先には、それを受け取る顧客(ユーザー)がいることを忘れないで欲しい。作ったものは自分だけで止まるものではなく、サービスや商品を渡したい相手(ユーザー)に届き、その人が抱いた印象ですべてが決まる。もう一度言おう、高い能力を持ったクリエイターは費用も高く、クライアントであるあなたへの指摘も多いかもしれない。だからこそ得られるものがあるのだ。それは、私がクライアント(依頼者)になっても同じ考えを持って接してもらっている。
※:EGUCHIMASARU.comのサービスはこちら。
※1:今年のAdobe MAXのレビューはこちらの2サイトがオススメ。「ITmedia Adobeの新技術11連発まとめ 音声データをPhotoshopみたいに編集――“魔法の技術”にクリエイター歓喜」、「engadget Adobe MAX 2016:人間の声を「フォトショする」驚きの機能をAdobeがMAXでデモ(笠原一輝)」
※2:参考サイト 「COLORlovers」
※3:参考サイト 「カラーセラピーランド 色彩心理学(色の効果と心身への影響)」
※4:他者視点によるUXデザイン
※5:ポケットに入っていたのはチョコレートではなくて、キャンディーだったという説もあるが、今回の話題においてその議論は割愛する。
クリエイターには欠かすことのできないツールを発売しているAdobe(アドビ)社。都合が合わず行けなかったが、そのAdobeにおける新技術を披露するAdobe MAX 2016がアメリカ・サンディエゴで開催された(※1)。2Dから3D描画が簡単に作れるツールや、文字だけの手書きの下書きから適合する写真を自動で選んでくれるツール、人間の声を覚えさせて編集し、元はなかった部分さえもその人の声で再現できるツールなど、これまで専門職とされてきたスキルが民主化するのを助ける驚くべき技術が数多く発表されている。
なぜ、このようなことが可能なのか? ビッグデータの解析能力の向上、エンジンの向上、AIの向上など関わる要因は多いが、その大元は決まっている。人間の知覚や認知は理論が決まっているからだ(少数における誤差はもちろん発生するが)。
たとえば、デザインにおける色。シンボルマークを作ったり、Webサイトを作ったりする際に関わってくる色だ。少々古いデータになるが、「COLORlovers(※2)」が発表しているロゴマークで使われている色の多さでは、青系や赤系の色が突出して多いことがわかる。これは、青系には冷静さ・爽快さによる安定した事業のスピード感をイメージさせる効果があり、赤系には情熱やエネルギッシュさをイメージさせる効果があり、その狙いをロゴマークの色に反映させるためだ。実際に、赤色で囲まれた部屋では体感温度が2〜3℃上がるという実験結果もあるほどだ(※3)。
もちろん、良い効果ばかりではない。赤は血の色をイメージしたり、青は寒々しさをイメージさせることもある。自然食品を扱う店舗のイメージカラーが青系だと、扱っているものが食品だと一般顧客にイメージさせるのは難しいが、行政から助成金をもらうのが目的、つまり、B2Bのビジネスとなっているのなら青系でも問題がないだろう(その場合、安心感を与えるために明るい水色より、落ち着いた印象の藍色の方が望ましい)。
こういった理由から、事業にあった色合いや使う量のバランスを調整していくわけだが、バランス量と認知の関係性も決まっている。それは色だけでなく、形やレイアウトにも同じことが言える。つまり、私たちが普段見ているものと見たものから感じる効果は決まっており、だから私たちはデザインやアートを作ることができるのだ。そして、決まっているからこそ、私たちが「スキル」として仕事にしてきたことをAIが学習し、スキルがなくても簡単に「いい感じ」のものが作れるようになっているわけだ。
これからのプロフェッショナルに必要な能力。
しかし、先述したように「学習」し、「決められた」ものを作り出すことがAIにできることである。これは聞いた話になってしまうが、まだ機械やAIができないこととして「人間の手(指)の力加減」と「関係ないもの同士を結びつける能力」の2点が挙げられる。前者においては、蚕の繭(まゆ)から絹糸を垂直に引っ張ることは機械でも可能だが、そのまま糸を引き上げようとすると途中で糸が切れてしまうらしい。途中で糸を切らずに引っ張る指の力加減による繊細な動きはまだできていないようだ。後者においては、先日のブログ(※4)でも他者視点を持つ方法として話した、「関係ない話題」を「結びつける」ということができないのだ。
これは、電子レンジの発明で有名な話がある。軍事用レーダーの研究をしていたスペンサー博士が、レーダーの近くで働いていた人のポケットに入っていたチョコレートが柔らかく溶けていたことをヒントに、「レーダーによる電磁波」と「チョコレート(食べ物)」という関係ないもの同士を結びつけて「電子レンジ」を発明している(※5)。
こういった、関係ないもの同士を結びつけることも、将来的にはAIが可能にするだろう。しかし、それよりも先に、専門職とされるスキルがAIによって民主化し、単一技能における専門職は安価になるか、不要な職業となる。現在、AIによる精度の低さを指摘されていたとしても、必ず精度は向上する。そうしたとき、人間の仕事において必要になるのは、関係ないもの同士を結びつける能力や、多様な顧客体験(ユーザーエクスペリエンス:UX)を予測・選択して形にする能力だ。これらの能力を既存の専門職のスキルと結びつけていなければ、その職業は不要となる可能性が高まる。
これからのクリエイターに依頼するベストなタイミング。
専門職に依頼をするクライアントにおいても、現時点ではAIの精度が専門職のレベルに達していないことを理解する必要がある。そうでなければ、精度の低いものを自作したり、スキルの低いデザイナーに安価で依頼することになる。その先の顧客体験はひどいものとなり、顧客(ユーザー)が離れていくことは言うまでもない。問題提起の段階では素人はとても効果的であるが、問題解決の段階では専門家のスキルが効果的になる。これは、素人の問題提起が「関係ないもの」を生み出し、誰もがハッとする考えに結びつきやすいためであるが、専門的なスキルがなければ解決させることができないからだ。電子レンジを発明したスペンサー博士もエンジニアとしてのスキルがなければ発明(解決)ということは成し得なかった。
そのため、デザインやブランディングにおいて私たちが関わる理想的なタイミングとしては、かなり早い段階が望ましい。たとえば、Webサイトの場合、「Webサイトが必要なのだけれど、どうしたらいいかわからない」という段階でコンタクトをとってもらった方が良い。クライアント(依頼者)の事業のことは私たちは素人なので問題提起がしやすく、問題解決に必要なスキルを持っているので効果的な制作ができる。もしくは、クライアントにとって本当に必要なのはWebサイトではなくて、ブランドイメージを伝えるポスターやイベントツールだったということも実際にある。これも早い段階で関わらせていただいたことで可能にした問題提起と問題解決である。
逆に、ほとんどのことをクライアントの方で決めてしまって「後はカッコよくデザインするだけ(実際はレイアウトのみ)」という状態から関わることが、一番ややこしい状態だ。渡される制作内容が顧客(ユーザー)にとって望ましいものではない場合がほとんどであり、さらには、先ほど挙げた実例のように、そもそもクライアントにとって必要なものが異なっている場合もある。
高い能力を持った専門職は費用も高く、あまり言われたくもないような厳しい指摘も受けるかもしれない。しかし、そのために培っている知識・技術・応用力は費用に相応するものだと言えるだろう。安物買いの銭失いという言葉があるように、安いものには「品質が悪い」という理由がある。作ったものの先には、それを受け取る顧客(ユーザー)がいることを忘れないで欲しい。作ったものは自分だけで止まるものではなく、サービスや商品を渡したい相手(ユーザー)に届き、その人が抱いた印象ですべてが決まる。もう一度言おう、高い能力を持ったクリエイターは費用も高く、クライアントであるあなたへの指摘も多いかもしれない。だからこそ得られるものがあるのだ。それは、私がクライアント(依頼者)になっても同じ考えを持って接してもらっている。
※:EGUCHIMASARU.comのサービスはこちら。
※1:今年のAdobe MAXのレビューはこちらの2サイトがオススメ。「ITmedia Adobeの新技術11連発まとめ 音声データをPhotoshopみたいに編集――“魔法の技術”にクリエイター歓喜」、「engadget Adobe MAX 2016:人間の声を「フォトショする」驚きの機能をAdobeがMAXでデモ(笠原一輝)」
※2:参考サイト 「COLORlovers」
※3:参考サイト 「カラーセラピーランド 色彩心理学(色の効果と心身への影響)」
※4:他者視点によるUXデザイン
※5:ポケットに入っていたのはチョコレートではなくて、キャンディーだったという説もあるが、今回の話題においてその議論は割愛する。