Archive for 2018

なんとなしに寄れる安心感。

2018.6.4

昨日、「考え事したいときに喫茶店に寄るような。」と書いたけれど、「なんとなしにコンビニに寄るような。」の方がしっくりくるな、と思った。
そのためのコンビニってどんなコンビニだろうか。
「なんとなし」に寄るんだから、ぶらっとできなきゃいけない。
でも、スーパーマーケットにぶらっと寄ることは少ないような気がする。
駅ビルの百貨店も、ぶらっと具合は減るような気がする。
 
おそらく、「立ち読み」がすぐにできるということが、ぶらっと寄るになっている。
しかも、本屋ほど種類が揃っていない。
雑誌や漫画があるのがちょうどいいんだ。
子どもの頃からコンビニで立ち読みしていたからわかる。
 
いつの頃からか、立ち読みができないコンビニが増えてきているけれど、入ってすぐに陳列する意味はないと感じている。
本や雑誌をきれいに買いたいのなら、今だったらAmazonで買ったり、Kindleの方がいい。
ぶらっと寄って、立ち読んで、「おっ」と思って、「今買うかなぁ、どうしようかなぁ」とぐずぐずしてから、「やっぱ買っとこうっと」となるのが、近所にあるコンビニの理想だ。
 
すると、ついでに飲み物や甘味も買っちゃって、少しでも売り上げ貢献したくなるんです。
店員さんにも愛着が湧いてね。
「なんとなしに寄れる安心感」って、すごい寛容さだなぁ。

頻度は上がるのか?

2018.6.3

毎日ホームページを更新するって、「ほっとする」をくれるんだ、と思った。
「毎日更新する」ってことを知っていると、ちょっとしたときに「寄れる」んです。
考え事したいときに喫茶店に寄るような。
一昨日まで二週間ほど家の前にある図書館が閉まっていて、寄りたいときに寄れないことの苦しみを味わいました。
(大げさ)
毎日絶対に必要なわけじゃないのに、寄りたいときに開いているって嬉しいんだなぁ。
これは「便利」というよりも、「よりどころ」としての安心感だろう。
 
最近また「ほぼ日」を見るようになって、今日これに気付いて、以前友人に言われたことを実感しました。
昔、と言っても数年前に、ぼくは毎日ブログを更新していました。
写真家の友人はこのブログを読んでくれていて、人に紹介してくれるときに「内容はよくわからないけれど、毎日更新しててすごいんすよ!」と言ってくれていました。
当時は、「物怖じしてしまう人をちょっとでも応援できるような」という使命感も混じって書いていました。
 
だから、よくないね。
 
今は応援よりも、「ま、いいんじゃない」程度の気持ちで書いています。
「生きるあるある」で書いています。
「仕事あるある」でも書いています。
「人生あるある」なんですけどね。
毎日は無理かもしれないけれど、更新の頻度を上げてみようと思います。
(上がらなかったら、ごめんね)

腑に落ちた話。

2018.6.1

友人や仲間と何かをするなら、世間一般から無駄だと思われるようなことをやりたい、と思った。
いや、むしろ、したいんだな。
いまの世の中「こうしたらウマくいきました」、そんな話で溢れている。
「効率的な方がいい」「効率だけじゃない」、うん、どちらも正解。
どっちも大事でしょう。
 
平日に畑に出ていて一番いいのは、「クリエイティブディレクターって、こんなことしないよね」ということかもしれない。
「もっとやることあるでしょう」みたいな。
夢の中でも仕事をしている俺の、唯一の「ヌキの時間」かもしれない。
(カッコつけました)
もちろん、「自然栽培の飲食店を併設するにあたって、野菜を育てることをもっと実感しておきたい」ということもあります。
でも、これだけじゃ優等生すぎるでしょう。
 
人間ってもっと、ぐにゅぐにゅ、ふにゃふにゃ、しているものでしょう。
利益だけを求める人間(社会)って、手に取るように分かりやすくてつまらん。
(本当はもっと複雑ですから)
自分の求めていることだけで生きている人間ってのも、もろい。
 
最近読んだ、岩井克人さんの経済学の話は、とても腑に落ちたな。
「人間はウソをつく」って素晴らしい。
経済学で、これを言っちゃうなんて。
そりゃ、経済を予測しても当たらんわな。
それでも、経済を研究するんだぜ。
とても途方も無いことじゃん、すげぇよ、面白いなぁ。
彼の本をいろいろ読んでみます。
 

守るのも仕事。

2018.5.30
一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の一般会員になりました(略してフリーランス協会)。
申請から入会まで時間がかかるかと思っていたけれど、とても早い対応をしてくれました。
「入会して何が変わるの?」ですが、クライアントにとって意味があるのは、「賠償責任補償」と呼ばれるものでしょう。
適用は入会月の翌15日からだそうで。
クリエイティブ業での業務中の事故や情報ろうえい、納品物の欠損などに対しての補償は、法人事務所でも個人事務所でも、クライアントは不安なもの。
「一人でやっているとなおさら不安だよね」というのは、僕が会社にいた頃でも耳にしていた言葉です。
でも、法人でも個人でも一人で業務の大半を占めているのが多い、クリエイティブ業界。
ディレクターとデザイナーを分けていたりもしますが、ブレーンの仕事をしていたら、この人材が欠けるのは、クライアントにとっても痛いもの。
そういう意味でも、マイクロ法人でも入会できるというのは、いい制度だなぁ。
発注主も補償対象って、いい制度だなぁ。
クライアントを守るのも僕らの仕事ですからね。
「一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会」

『最後の親鸞』を読んで。

2018.5.3

非僧非俗を通した親鸞。
中央に入らずに北陸から関東へ、妻子をもって畑を耕し、農民の手伝いをして生計を立てていた僧。
念仏も唱えない。
 
私たちで言えば非専非俗だろうか。
非技非拙とも言える。
クリエイティブディレクターが畑を耕す姿は滑稽に映っているだろう。
しかし、本当に真のものを見抜き、作ろうとするのならば、関係ないと思えることにも強くなるものだ(と思っている)。
ただ確実に言えるのは、専門家という名の城に籠っていると、技も思考も研ぎ澄まされるのではなく、狭く浅くなっていく。
料理人が靴を磨いたり、靴磨きの職人が写真を撮ったり、歌手がモーターレースに出場するのは、どんな机上の空論よりも実態のある話ができる。
 
これらは、効率的に正解を求め、怒るのを禁止し、泣くのを抑制し、にこにこすることを推奨し、何事も数字で正解を求める現代の風潮とは違うかもしれない。
とても遠回りのように見える道程だ。
そして、人間は喜怒哀楽があるから人間だ。
怒ってもいいし、泣いてもいい。
面白かったら、笑ってもいい。
遠回りも喜怒哀楽も、人間の仕事に必要なことだ。
 
最後の親鸞