Archive for 2018

専門店のつよみ。

2018.7.29

この年齢(36歳)になって「何も知らんな」ということを、普通のこととして受け止められるようになっています。
何も知らないということからはじまって、専門家に話を伺うことが、当たり前のこととしてできるようになっています。
 
検索で調べた後に、専門家のヒトに話を聞きにいく。
自分も若輩者ながら専門家だから、別の専門家に話を聞くときの聞き方は気をつけているかもしれません。
もっと若いときの方が、思い込みが激しかったり、間違いを正せなかったりしたかもしれません。
 
何かを購入するにしても、お店にいる販売員という専門家に話を聞いて、選んで、購入する。
自分の要望だけでは選ばなくなっています。
要望を伝えるだけではなくなっています。
 
ということは、専門店ってなくならないかもしれません。
「何かに長けている」というのは、けっこうな強みですよね。
「何でもかんでも強いです」は、ありえないってことかもしれません。
 
ある程度は広くある必要があるでしょう。
広さはある程度、そして、ある一点がとても長けている。
そういうお店やヒトって、とても強いなぁ、と思いました。
 
そうそう、「年をとったら頑固になる」ってこともありますね。
強い一点に関しては、頑固になるってことか。
「ここだけは、譲れないよ」っていう気持ち。
若作りはしていないのに、老けない、そんな年の重ね方と近いかもしれないなぁ。

50代後半以上の凄さ。

2018.7.28

いや、ほんとに(何が?)、先人ってすごいなぁと思います。
タイミングとか、粘り方とか、もうね、僕なんて赤子同然のもんですよ。
 
見えるようになるのか、わかるようになるのか、引き合わせるのかはわかりませんが、常人とは違いますよね。
僕も色々わかるようになって来ていると思います(それが仕事になっていますからね)が、非じゃないんだよなぁって。
 
50代後半以上の先輩方の見え方って、40代までのそれとは、何か大きさな差があるような気がしています。
今の時代だと、数字で評価しにくい分野にあたるから、まったく評価されていないと思うんですが、やっぱりね、退職間近や退職後の再雇用の方々が、カチッとハマる役割ってあるんですよ。
 
直接の仕事じゃなくても、本当に感服いたします。

イラつくのもヒトの仕事。

2018.7.27

虫の居所が悪いときは誰にでもあるでしょう。
こんな書き始めなのだから、いまのぼくはまさに虫の居所が悪い。
 
こういうことを書いていて改めて気づくけれど、現代ではイラついている感情を見せないのが美徳となっているでしょう。
美徳というよりも、タブーになっているような気がしています。
 
品行方正とまではいかないが、キラキラしていたり、豆腐のような白さを求められているようなね。
この結果が、インスタ疲れのようなものでしょう。
SNSでキラキラしている自分、理想の自分を見せることが、いつの間にか負担になっているような。
理想を言えばきりがないはずなのに、みんな理想郷にしかいないはずの人物になろうとしているでしょう。
自分がなろうとしているだけならまだいいが、他人も理想郷の人物になれないと許されなくなっているような流れになって。
現実に存在しないから理想郷なのにね。
 
ぼくはイラついているとき、少なからず漏れ出していると思います。
そんな状態のぼくに、イラつきを増長させるようなちょっかいを出されたら怒鳴りますし。
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものです。
あ、火に油を注ぐとも言いますね。
 
なんで、慣用句として残っているのか。
ヒトの周りの道具は進化しているかもしれないけれど、ヒト自身は人類誕生から何ら能力は変わっていないんですよね。
イラつくのもヒトの仕事なんでしょうかねー。

考えるのは偉いのか?

2018.7.26

たくさんの現場で、考える必要のないのことまで考えることを、良しとしているでしょう。
正確には、考えた気になっているだけです。
「俺はこれだけ考えている」というのは、一種の説得力が増す方法かもしれません。
けれど、説得する必要があるのか?とも思うわけです。
 
いいモノが目の前にあったら、いいよね。
美味しい食べ物を食べたら、美味しいよね。
美味しいって一言言うのかもしれないし、黙々と箸を止めずに食べるかもしれない。
もちろん、世界中のヒトが同じように美味しいと思うことはないでしょう。
ある程度のヒト、もっと言えば、届けたいヒトが美味しいと言ってくれるだけでも、その料理は完成されている。
 
目の前にあるモノやサービスも、これと同じことです。
全員が良いと思えなきゃダメと思うと、考えなくてもいいところまで、考えなきゃいけなくなる。
その結果、届けたいヒトに届かないモノになる。
届けたいヒトはだれなのか。
 
こういうことは自戒を込めて、たまーに思っています。
難しいですけどねー。
って、これも考えた気になっているのかってね。

写真サークルのアパート。

2018.7.25

連日の暑さにまいっているヒトも多いかと思いますが、こうも暑いと「大学時代の部室」を思い出します。
当時、ぼくは写真サークルに入っていました。
高校までいっさい写真に興味がなかったにも関わらず、入学式の翌日、サークル勧誘の看板で出会った女子大生の先輩についていって、そのまま入部。
(俗に言う一目惚れで、間抜けがほいほいついていったわけだ)
 
ま、それがきっかけで、卒業後に、ぼくは写真家になったわけだが、今日はこの話ではなくて、部室の暑さについて話したいんだ。
 
当時、ぼくらの通っていた大学では同好会以上のサークルのみ、学内に部室をあてがわれていた。
そして、ぼくらの写真サークルは愛好会だったのだ。
大学から部室をあてがわれていたのは、もうひとつの写真サークルであり、卒業アルバムを制作していた。
どちらかというと、実直に仕事を達成していくタイプで、学内からの信頼も厚かったように思われる。
(ぼくの勝手な妄想も入っている)
 
愛好会だったぼくらのサークルは、初代部長たちが大学の近くにアパートを借りて、そこを部室としていた。
初代から数えて3代目となっていた当時、大学生たちの溜まり場と化していた1DKの和室はすでにボロかった。
毎月の家賃は発生するから、ぼくのように、女子の先輩にほいほいついていく、いたいけな新入生が必要だったのだ。
(今となって考えれば、けっこうな悪徳商法、もとい、考え抜かれたマーケティング戦略だ)
畳はささくれを通り越して、侵入者の衣服にまとわりついた。
もちろん風呂なしだし、便所も和式だ。
 
元々がボロかったのだろう、それに加えて、ダイニングキッチンを暗室にしていたため、酢酸の鼻をつく臭気と閉め切った熱気は、今から考えると単なる拷問部屋だったかもしれない。
それでもぼくらは時間を見つけてはアパート部室を訪れ、夜通し酒を飲みながら、現像やら写真を焼いたり(フィルムから写真にすることを「焼く」という)と、連日暗室作業を繰り返していた。
 
酒によって(酔って)脱水傾向になりながら、暗がりの中に、暗室の赤い光。
暑い。臭い。暑い。臭い。
焼肉を食べたヒトは自分のニンニク臭さがわからないが、それと同じだろう、次第に臭さはわからなくなり、暑さと戦うことが、若き日の写真バカを育てていた。
(現に、当時の学友たちは、ぼくの発する臭いを、写真サークルの名前をとって「サボイ臭」と言っていた)
そんな戦いに酔いしれていた節もあるから、単なるバカだったのだ。
 
このバカさ加減によって、若き日のぼくは、その後の道を走ることができたのかもしれない。
最近の連日の暑さの中、仕事のために外を歩いていると戦う気分になるのは、当時の影響もあるだろう。
もしも今、少しでも、仕事で依頼人の役に立てているのなら、当時の暑さと臭さの賜物と言いたい。