Archive for 2018

ユーザーという名前の人はいない。

2018.9.27

絶対に正しい答えなんてないのだから、ユーザーという言葉で、自分の考えを誤魔化しちゃいけない。
鶴の一声を使うほど、自分の頭で考えることができなくなる。
多数決、ABテスト、ヒートマップ、データ、、、世の中には自分の頭で考えないやり方がたくさんある。
これらはあくまでもツールだ。
情報の取り方、情報の見方が合っていても、必ず誤差がある。
ユーザーという言葉を使うとき、本当は、自分がいいと思っているんだろう?
そうであれば、自分の考えとして話した方がいい。
誤魔化しちゃだめだ。

モノと人、そして、人。

2018.9.26

いろんな案件を経験してきて気づいたことがある。
 
「モノをつくる方が感動する」
 
感動するのは依頼人や生活者、つまりすべての人だ。
これがwebやアプリなどになると、途端に感動的なシーンにならない。
これは媒体による差が大きい。
webやアプリなどの場合、オリジナリティを極力排除することで、使いやすさが向上するのが定石だ。
使い心地に何も感じさせないことが、一番使いやすいともいえる。
交通系ICカードのように、人を介しないサービスの鉄板ごとともいえる。
 
しかし、感動というのは、一種のつまずきだ。
たとえば、感動の種類として「美しい」というのがあるが、いちいち「美しい」と感じていたら、使い心地もあったものではない。
美人は三日で飽きるといわれるように、飽きないようにするのが感動だ。
「かっこいい」や「かわいい」も同じだ。
そして、「美しい」や「かっこいい」などの言葉が出るのは、決まってモノをつくっているときだ。
 
「これならイケる」と依頼人も含めて感動するのは、モノのときだけだ。
けれども、発売した後に改善をするのはモノでも、モノじゃなくても起きる。
それでも、感動という差が生じてしまう。
さらに言えば、モノじゃなくても、接客業のような人を介したサービスも、モノと同じような感動がある。
 
モノであることと、人と人とのコミュニケーションであることは、人が抱く心地として何か共通のものがあるのかもしれない。
 
モノと人、そして、人。

スロープの考え。

2018.9.25

最近、幡野 広志さんの著書『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』を読んでいます。
この中で「嫌な奴」という言葉が出てくるのですが、過去の自分を顧みると「周囲の人たちから自分は嫌な奴に映っていただろうな」と思いました。
攻撃的で、ひたすら攻撃的で、でも人一倍行動していたから何も否定できない。
一緒にいると休まらない奴だったと思います。
だからぼくの周りに集まってくる人たちも、そんな人たちだった気がします。
類は友を呼ぶ。
いまはどうだろうと考えると、昔と違う人たちと出会っていることに気がつきます。
専門分野に習熟しているのに、知見の広め方はゆったりと、和やか。
スロープのようにゆるやかなんです。
これはぼくが大事にしている感覚でもあるのですが、だから似たような方々が集まってきてくれるのかもしれませんね〜。

初対面のような。

2018.9.24

年齢が増えているのを実感することのひとつに、初対面の人が、友人や知人に似ていると思う回数が増えていることがあります。
今回は、鎌倉彫金工房さんへ指輪をつくりにいったのですが、担当してくれた女性の方が、知人に似ていたのです。
5年以上前に一回か二回程度しか会ったことがない人なので、ぼく自身の記憶もおぼろげなのですが、こういう経験が年々増えています。
高校時代の友人と仕事で偶然再会なんてことも、先日ありましたし。
だから今日もね、もしかしたらと思っていたのですが、名札もなかったので、そのまま指輪づくりに没頭させてもらいました。
だからなんだ、と思われるでしょうが、どうでもいい思い違いのようなことが増えていくのも、歳を重ねた特徴なんだなと思うのです。
 

自然と笑い合う。

2018.9.23

東京農業大学の「食と農の博物館」で催されたセミナーに行ってきました。
以前知り合った、農業情報総合研究所の植村さんが運営されているとのことで、お邪魔してきました。
 
山梨県小菅村に移住された方が、その村のことを紹介する会で、特産品を食べたり、クラフト体験をしたり。
正直に言うと、ぼくが驚いたのは、参加者の感度の高さです。
参加する前、ぼく以外の参加者は農大関係者が多いのだろうと思っていたら、半数以上が農大と関係のない人たちのようでした。
 
そして、提供される食べ物や体験を、素直に楽しんでいる様子が会場から溢れんばかりで、90分のセミナーも、いつの間にか時間をオーバーしてたり。
近くにいる人たちとも、自然と和やかに会話がうまれる、そんな雰囲気でした。
でも、関係者じゃなく、みんなお客さんなんです。
 
ぼくも仕事柄、似たようなセミナーに参加することはありますが、けっこうね、ホスト側の人数が多かったり、自分たちの素晴らしいところだけを宣伝して、あわよくば移住者を増やそうとしているのが見え見えの会が多いのです。
いわば、営業マンが取り囲む会。
こうなると、とてもつまらない会になるのですが、今回の会にはそれが感じられなかったのです。
 
偶然知り合ったお客さん同士が、自然と笑い合う。
それは植村さんの人柄が表れているような、とてもいい会でした。