Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category

楽しいしかない。

2019.9.3

連日動画について書いていますが、今日も引き続きそれです。
新しいことを始めると楽しいんだなぁ、としみじみ感じています。
というのも、新しいことって、不安もあるはずなんです。
それが、全然ないんですよね。
予算をどうしようもないし、人に賞賛されたいもないし、誰かと競わなきゃもない。
不安の元っていうのは、誇張と欲望です。
クライアントワークをしていると、ほとんどのクライアントがこの二つと、不安を持っています。
「売らなきゃいけない」は「いいものだと伝えなきゃいけない」になり、それが誇張と欲望になって、「売らなかったらどうしよう」や「伝わらなかったらどうしよう」という不安になります。
クライアントだけでなく、今の世の中は、これで溢れています。
でも、誇張と欲望がなければ、不安も生まれようがないのです。
それで、新しいことを始めるのだから、楽しいしかないんですよ。
これは、いい発見でした。

ユーモアを育てた方がいい。

2019.9.1

「おもしろいって何だろうか」と考えることは多い。
24時間365日とは言わないまでも、控えめに言って1時間360日は考えているだろう。
いまの仕事の依頼のされ方を鑑みると、この蓄積による結果じゃないだろうかと思える。
「おもしろい」と人はお金を払いやすくなる。
これは企業同士でも、企業と個人の間でも、個人同士でもだ。
人にお金を払ってもらいたいだけなら、共感に驚きを加えたらいい。
おもしろいは、これも含まれるし、「なんかいい感じ」という、けっこう曖昧な機微も含まれている。
さらに、普通に笑うことや、大爆笑なんかも含まれる。
けれど、継続してお金を払ってもらうには、統一されたおもしろさが必要になる。
これがトーンになる。
MAD(狂っている)と言われるジャンルや、コメディ映画やギャグ漫画も、そのトーンを守っている。
ブランディングと言われていることは、これらの簡易版だ。
ちょっと意外かもしれないが、ブランディングでよく言われる「らしさ」や「差別化」は、おもしろさを発揮することの初歩だ。
最近、クリエイティブと言われるような企業がなくなってしまったのは、初歩的な部分で終わらせてしまうからなんだ。
ユーモアって、急に育つもんじゃないんだよなぁ。
毎日毎日、ちょっとでいいから考えて試すことが大事なんだ。
結婚の良い点をひとつあげるなら、妻という、ふざける相手がいるってことだ。

クライアントワークで考えること。

2019.8.30

生活に困窮していない人が、いまの生活を続けるのに必要なことのひとつは、国益を向上させることだ。
しかし、日本の生産人口が減少することは明白なので、いまの生産性のまま人口が減少すれば、自ずと国益は下がり、社会福祉のレベルも低下する。
いま困窮している人は、言わずもがな生活はもっと困窮する。
生活のレベルを低下させないためには、国益を向上させることが不可欠なのだが、その場合、一人当たりの納税額も向上する。
納税がなければ、国は国民や国土をケアすることができない。
外国人労働者を低賃金で雇って、生産人口を増やしても、困窮者を増やすだけなので、何の改善にもならない。
結局は、労働生産性を高めるしかない。
労働生産性を高めるためには、高い品質のものを、高い価格(適正価格)で売ることが挙げられる。
時間がかかることで品質が高くなるものは、その分、費用が高くなることが適正価格だ。
しかし、生産人口の低下とともに、消費者人口も低下する日本では、マーケットの拡大は見込めないので、自ずと、輸出収益を狙わなければならない。
観光業におけるインバウンド収益は、輸出収益にあたる。
だから、観光立国を目指しているわけだが、低い生産性の考え方である「時短、便利、一括」をしているから、観光公害が起こる。
観光公害が起こり、その後、対策をしたヨーロッパの国に今年行けるのは、何かの縁なんだろう。
もちろん、観光業に限ったことではなく、輸出収益は日本の企業が考えなきゃいけないことだ。

雑感。

2019.8.28

どうやら自分は世の中でいいと言われる事の逆をやってしまうらしい。
「早口で淀みなく話す方が賢く見られる」らしいが、ぼくは意識的に「間を置きながら、ゆっくり話す」ように変えた。
たしか、6年ぐらい前に変えたんじゃないだろうか。
相手に考える時間を与えながら、話すようにしている。
自分の能力は自分がよく分かっているから、相手に時間を与える事の方が大切。
 

今で言うと、チームワークを重視し、議論をしながら進めるのが理想の働き方なんだろうが、ぼくはこれをしない。
それぞれの分野で得意なことがある人を、信じて任せるようにしている。
得意な人がいなくて、ぼくがやった方が早く、確実にできることを自分でやる。
こういうやり方だと、一人事務所で外で人を育てるのも、経営者になって人を雇うのも、大して変わらない。
 

10年振りぐらいに、Adobe Premiere Proという動画編集ソフトを触っている。
アプリケーションの進化って色々あるけれど、ひとつは「乱雑に扱える」があるだろう。
素材をドラッグアンドドロップで済ませられるのも、乱雑に扱うことのひとつだ。
ソフトの進化に付き物なのが、ネット検索で答えが手に入りやすくなっていること。
「何かを扱うスキル」というのは、随分と楽になったもんだなぁ。
ということは、デジタルにしろ、アナログにしろ、「何かを扱うスキル」は飯のタネにならないってことさ。
 

「景勝地への道路を壊して駐車場を移動させる」
ここ数年考えていること。
調べていると、世界の観光地ではスタンダードになっている。
予約制、高い入場料、徒歩。
それでも行く価値があるから、行きたい人が集まり、地域住民も商売ができて、生活ができる。
困る人がいるなら例外を作ればいい。
受け入れ側が柔軟な頭を持たないと、何も進まない。

更新を止めない理由?

2019.8.27

このブログの更新を止めようかと思うときは、度々ある。
そうやって思う理由は決まって、「このブログから仕事につながったことって全然ない」と考えるときだ。
仕事の大半は紹介で始まり、過去作で安心感を得てもらえるので、仕事になってもブログの話など出てこない。
そうやって、このブログを仕事に結びつけようと考えると、ひどく打率の低いバッターだ。
毎日、こうやって書くのにも大体30分は必要だし、出張で書けなさそうなときは、前もって書いておくのだから、かなりの手間をかけている。
 
考えがそこまで至ると、いつも思うことがある。
「打率が低いことも、必要じゃねーか?」
いつも言っていることだが、10割バッターなど存在するはずもなく、7割の失敗で安打製造機と呼ばれるのだ。
ビジネスで考えたら、打率の低いことなど、当たり前にある訳だ。
もっと言えば、昔いた「何をするでもないオッサン」が会社にはいた。
普段は何もしないのに、ちょっと勉強になることを言ったり、どんなに優れた若手でも対処できない揉め事を解決してしまう、そんなオッサンがいたものだ。
 
このブログがそんなオッサンになれるかはわからないが、今の社会では見かけなくなってしまったけれど、また必要になるだろうと思える。
コンプライアンスにがんじがらめになってしまった社会が排除してしまったもの。
だから、その逆をやるっていうのは、この先の未来にとってもいいことだと思うんだよね。
 
こうやって考えちゃうから、結局、今日もブログを書いてしまう。
ま、止めようと思えば、いつでも止められる自由はなくさないで、書けばいいんだよね。