Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category

うまく行かない理由。

2019.10.29

物事がうまくいかないとき、原因を探っていくと、自分の都合で人を利用していることがあるでしょう。
これは、個人でも法人でも同じで、自社の都合で他社を利用していると、そのうちに事業が暗礁に乗り上げます。
ということは、これをやっていると、最初はうまくいっても、いつかはうまくいかなくなるわけで、自分の都合で誰かと縁を切ったりというのも、その後、巡り巡ってしっぺ返しがあります。
だから、物事をうまく進ませる判断軸があるとすれば、仁義とか、礼節の類なんです。
礼節については先日書いたものを読んでくれると嬉しいですが、仁義っていう単語も重々しいですねー。
ただ、平たく言うと、「自分のために人を利用するんじゃんくて、人に対して何を与えられるかを考えなさいね」ということなんですよね。
物事がうまくいかなくなるときの「物事」って、大抵は自分の都合なんです。
だから、他の人にとってはどうでもいいことなわけで、自分の都合を、自分の都合がいいように他人を利用しようとして、他人が期待通りに動くはずもないのです。
これを悪用している人もいますが、うーん、ぼくの少ない人生で、そのまま上手く老後を迎えた人は見たことがないんですよね。
伝記などを読んでも、利己的な人が、幸せに最期を迎えられた事例と出会ったことがないんです。
むしろ、最期までそういう人がいるのなら、知りたいですけれど、でも、憧れないんだろうなー。
何かを進めたいと思ったら、目の前にいる人に好意を持つこと。
その人がなりたい姿、成し遂げたいこと、楽しむこと、しあわせであることを、自分は与えられるか。
少なくとも、自分の都合に協力してくれた人が苦しむ姿は、見たくないんです。
そういうことなんでしょうね。

楽しそうな職場。

2019.10.26

「楽しそうに見える職場」っていいなと思いました。
こう思ったのは、三年半ぶりの健康診断でのことです。
金曜日に、区民検診という、その土地に住んでいながら、自営業などで健康診断に行っていない人用の健診に行ってきたのです。
親にはずいぶん前から、行くよう言われていたのですが、まぁ、面倒くささにかまけて行っていなかったのです。
けれど、今年の9月に調子が上がらない日が続いていたり、周囲から「痩せた?」と聞かれることが多くなり、この際だから行ってみようと思ったのでした。
 
昨日の東京は雨と風が強く、健診場所に着く頃には、足元がびしょびしょ。
妻のコートは背中がびしょびしょ……なぜ?
ま、そんな感じで、受付を済まし、お金を支払って、名前を呼ばれるまでしばし待機。
名前を呼ばれたら、問診に血圧測定、そして身長と体重測定。
厚手のスウェットに、びしょびしょのジーンズにベルトを付けたまま体重測定……これ、誤差がすごいんじゃね?
そして、チラッと見えた体重は、本当に痩せていました。
衣服の分を抜いたのを想像したら、以前なら免疫力が下がる感覚がしていた体重よりも痩せていました。
これはちょっと、まずいかも。
その後、診察をして、最後に血液検査。
これで終了。
 
ここからが、今日の本題です。
健診中に思ったことが、冒頭の「楽しそうな職場だな」なんです。
健診だから、流れ作業でもあるのに、それぞれの担当者に一言二言の雑談がついてきて、キャラクターがあるんです。
目を光らせたら、「その話いらないですよね」と言われそうだけれど、こういう一言会話みたいなのが、それぞれの場所でゆるく発生していると、全体の雰囲気がよく見えるんですよね。
実際はどうかわかりませんが、偽物の雰囲気はわかるものです。
だから、真面目な仕事をしながら、楽しそうに仕事ができる現場なんだと感じました。
 
正味一時間もかからなかったと思いますが、楽しそうな雰囲気は、その間中ずっと感じていました。
雰囲気が柔らかいというか、朗らかなんです。
落ち着いている人もいますが、検査中の話しかけてくる雰囲気とか、内容とか、全部まるっと見てみると、「なんか楽しそうに働いているなぁ」と感心しました。
 
こういうのは、憧れますねー。

自己満足できるものは強い。

2019.10.25

他人に対してメリットがないものを提供してビジネスになるものに感心します。
最近触っているプラモデルもそうです。
ゲームもそうでしょう。
提供する側はビジネスになるからメリットになります。
じゃあ、そのお客さんは?
そう、自己満足しか、ないのです。
 
車や時計、アパレルが昔ほど売れなくなったと言われているけれど、今も昔も買うのは、自分の見栄えをよくするためです。
車は移動という大義名分を作れるけれど、それで押し通そうと思ったら、「わざわざその車種を買わなくてもいいよね」というものもあります。
あ、念のため断っておくと、否定する話ではございません。
 
「自己満足のために買われることができるもの」って、かなり最強なんじゃないだろうか、と思い始めているのです。
ファンが何かを買うこともそうです。
だから、今も昔も、音楽とか、漫画とか、映画とかって強いんです。
もちろん、ゲームやプラモデルなどのおもちゃも。
車の広告で「Be a driver」というキャッチコピーで、楽しそうに1人で運転している姿を映したポスターが数年前にあり、鮮烈な記憶として残っています。
そのときは、車や時計が、ポジションを自己満足に変えつつあることが、方々で指摘されていた頃です。
けれど、車や時計の需要が、なくなったかと言えばそんなことはなく、むしろそれぞれのポジションが明確化されました。
そして、自己満足に特化させることで、得られるポジションもあるでしょう。
 
こうやって考えていると、「自己満足」という性質を持てる業界は、かなり強いんじゃないかと思えてきます。
このことは、もっと考えられそうです。

礼節とは。

2019.10.24

礼儀とか、礼節って呼ばれることがあるでしょう。
人との関係が終わる理由には、「無礼」であることが往々にしてあるのではないでしょうか。
逆に、「あの人のようになりたい」と憧れるとき、相手の礼節に感動していることが多々あります。
 
こういう話をしているとき、思い出すのは、子どもの頃にされた「人にやられて嫌なことはするな」という説教です。
この教えが、いきなりホームランを量産するようなことってなくて、何度も経験しているうちに、いつの間にか、礼節が身についています。
 
ちょっとずつ、嫌なことや、失敗したことや、嬉しかったことの時間を積み重ねていくことで、なんとなく成長していくものが、礼節になります。
だから、子どもって基本的に無礼でしょう。

こういうときに「俺には嬉しかったことなんてなかったぞ」と言う人がいるでしょう。
これは残念ながら、「嫌な奴」で「無礼な奴」になっている傾向があります。
片や、「私はこんなにいいことをしてきた」という人もいますが、それも、独りよがりの手柄を独り占めタイプなので、いつの日にかしっぺ返しを味わうでしょう。
その理由を今から書きます。
 
礼節ってわざわざ書くと、ちょっと厳かな雰囲気になっちゃいますが、この中身って、「あなたのことが好きです」という好意と、「喜んでくれるかな」という期待と不安が、マーブル状に織り混ざったような気持ちが行動に表れることです。
だから、礼節のある人というのは、ペットの犬のように、基本的に相手へ好意を抱きながら、一歩下がっているような、ちょっと人間臭い部分もある人なのです。
 
だからね、礼節のある人って、愛情深い人だから、ぼくは好きなんだよな。

10割バッターになる必要はない。

2019.10.22

一般論などの抽象度の高い話をしているとき、頭の中では具体的な事象が思い浮かんでいるでしょう。
これに気がつかずに話をすると、一方向からの話になり、口調が強くなります。
だから、「絶対にこうだ」という話をしている人というのは、冒頭のことに気がついていなかったりします。
多くのことは、大体、「こういう場合はこう、そういう場合はそう」と言った、どっちつかずともとれることです。
その中から、打率が高そうだったり、ホームランになりそうだったり、次につながる送りバントや犠牲フライになりそうなものの中から、適切だと思える案を選んでいるはずです。
 
けれど、そうやってわかっていても、10割バッターを目指していることになっていたりもするのが人間ってものです。
だから、大事なのは、「これは10割の考え方だな」と気づいたら、その都度、調整していくことです。
調整していくうちに、ちょっとずつ、10割バッターではなく、打率を高めることができるようになります。
何かが上手になる、というのと似ています。
いきなり上手い人というのは、まあ、ほとんどいないわけで、誰もが、初心者の状態から、「これは上手くいった」、「これは上手くいかなかった」を繰り返していきながら、いつの間にか「そういえば、最近は下手したことがなくなってきたな」という状態になる。
すると、次のレベルのことで、上手くいったりいかなかったりを繰り返すようになります。
この連続です。
だから、本当に成長している人は、10割バッターにはならないんですよね。