Archive for 2019.6

この仕事の難しい部分。

2019.6.10

こういう仕事をしていて難しいと思うのは、いかにクリエイティブな部分が事業に必要だと世の中で言われていても、事業者が腹の底からそう思わなければ、ぼくらにおんぶに抱っこになってしまう。
それでは、ぼくらが関わった一瞬はよくなっても続かない。
だから、クライアントの努力も必要不可欠なのだ。
しかし、腹の底から大事だと思わないまま努力をしたら「よくなったのはクライアントの努力が100%」という結論になる。
どちらにせよ、ぼくらはそこで離れる。
離れると、クライアント側は依頼前の状態に戻る。
そういうクライアントの場合、結局はこの繰り返しが起きているようだ。
たとえば、クリエイティブが必要だと事業者が思っていない典型は、HPの更新をクライアント側で行うというものだ。
どんな些細なほころびでも、積み重なれば大きな穴となる。
それが、ぼくらに依頼をする前の状態だというのに、懲りずにまたその状態に戻ろうとする。
これは浪費癖や酒癖の悪さなどの悪しき習慣が抜けきらないのと同じで、本当に痛い目に合わなければ治らない。
いや、死ぬまで治らないのかもしれないと、最近では思うようになってきた。
こういうクライアントと出会ったら、ぼくらにできるのは、早々に切り上げ、切り替えることだ。
彼らには彼らの思惑と欲望があるのだから。

雑感

2019.6.9

白はフィクションの色だ。
反対に、現実の色は黒だ。
たくさんの種類の絵の具を混ぜると黒になる。
これが現実の色だ。
昔の人の方が、白とフィクションの関係性に深い洞察があった気がしている。
モチーフとしての光の使い方。
未来を見せたり、誠実、可憐さを表したり。
フィクションを描きたいと、最近よく思っている。
 

「旅はいい」ということをよく目にする。
もちろん、僕も旅の良さは知っている。
だが、旅がなかった時代の人たちが、現代の人たちよりも劣っているかといったら、そんなことはないと思っている。
この考え方は、色んなところで使っている。

焦った話。

2019.6.8

久し振りに時間を忘れて作業をしていて、危うく遅刻するかと思いました。
「するかと思った」ということは、結局間に合ったんですが、あの「やべぇ!」って焦る感じはなんなんでしょうね。
結局その時間は歯医者だから、お客さんはぼくの方なのですが、それでも焦るんですよね。
不思議です。
朝から作業していたから、書くことが全然ないんですよねー。

『大哺乳類展2』

2019.6.7

びっくりしました。
これは『大哺乳類展2』の感想です。
何がすっごいって、ネタバレにならないように書くと、冒頭の「どっひゃー」から「へぇ〜、なるほど〜」と「すげぇ〜」が続いて、クライマックスでまた「どっひゃー」です。
展示されているのは剥製と骨と情報のはずなのに、分類して、整理して、ごちゃまぜにして、体を縦横右左に動かしながら歩かせることで生まれる没入感。
めちゃくちゃ人工的な空間のはずなのに、めちゃくちゃ身体的な、生物的な展示なんです。
だから、動かない展示物を見ていても、自分が生きていることを実感します。
「野生って恐ぇ〜」ってやっぱ想像しますもん。
想像の中で何度か喰われましたよ、あっしは。
いや、すっごいものを観ました。
6月16日までなので、早目にどうぞ。

『100歳の少年と12通の手紙』

2019.6.6

目が痛くて仕事にならず、しばらく目を閉じた後、やさしいものを摂取したいと『100歳の少年と12通の手紙』を観ました。
コンビとなる二人のキャラクターはよくある感じだし、物語の最後も予測がついてしまうものですが、だからこその感動がありました。
「早く死ぬからって、何をしてもいいわけじゃない」
刺さりました。
相棒の女性が、当初はしぶしぶ少年と会っていたかというと、そんな素振りを一向に見せないんです。
最初から最後まで、機転の利く、とても優しい人でした。
最後の12日間で人生のすべてを全うした少年は、どれだけ救われたか。
救ってもらって、救われて。
最後は少年の方が見守っていたと。
医者も看護師も両親も、妻も、仲間たちも、家族たちも、恋人風な人も、みんな優しい。
久しぶりに声を上げて泣きました。