Archive for 2019.2

冗語と散歩。

2019.2.8

「いまさら冗語推進委員会」をやっていますが、ほんとにね、大事ですよ、冗語。
「いまさらお前に言われるまでもねぇ」と座布団が飛んで来そうですが、まぁまぁ、減るもんじゃないし、言わせてくださいよ。
無駄って言われるような言葉をはじめとした冗語。
「一番最初」なんてまさにそうですが、もっと長いものや、言葉だけじゃないんですよね。
便利なものが溢れ、そこそこいいものが溢れた中で、人が欲するもの。
それが「冗語のようなもの」だと、ぼくはつねづね言っています。
世間では格好良く「クリエイティブ」とか「ユーモア」とかって言われちゃってますが、格好良く言うってことは、まだまだ便利とかいいものの考え方なんでしょう。
そんな固い頭じゃあ、なんも浮かびませんぜ。
 
こんなこと言っているぼくも、つい二年ほど前は、「散歩の効能」なんて語っちゃってましたからね。
ほんとうは効能なんて言わなくても、散歩が気持ちいいことはみんな知っているのに。
ぶらぶら、にこにこ、上見て、下見て、よそ見して歩く。
鼻歌なんかしちゃってさ。
人とすれ違うときは、鼻歌止めちゃって。
買い食いしたり、日向ぼっこして。
むずかしいことを考えるふりをして。
そしたら、ひらめいちゃってさ。
慌てて携帯を取り出して、メモして。
あとで見返したら、どうでもいいことで。
こんな時間が、たのしくないはずないじゃん。
 
えぇ、あっしの事務所名は、サンポノですよ。
仕事のひらめきは、ほとんど散歩の時間からです。

デザインやアートが必要な人。

2019.2.7

みんな、「健康な人」「強い人」「キラキラしている人」のためのデザインを作ってしまう。
本当にデザインやアートが必要なのは、弱っている人。
疲れてしまっている人、引け目を感じている人、わからなくなってしまった人。
彼らを含めたデザインは、難しい。
むしろ、分かりやすい弱者へのデザインの方が簡単だ。
「健康な人」「強い人」「キラキラしている人」のためのデザインの要素を取り入れればいい。
そうとは言え、「にこちゃんマーク」を使ったようなへりくだったキラキラはだめだ。
昔、千住博さんの著書を読んでいて、「病院に飾る絵は普通な方がいい」というような文章と出会ったと記憶しているが、まさにその通りだ。
「普通だから安心する良さ」
ここにたどり着くのに、随分と時間がかかった。
うまさを感じさせないうまさ、こういうのをつくりたい。

冗語のようなものが重宝される時代になる。

2019.2.6

夜中に目が覚めて、「あぁ、俺には何もないな」と思ったら、随分と楽になった。
子どもの頃も、今も、体の不調で悩まされて、苦しんで、何も変わっていないってことに気がついて、むしろ楽になった。
 

仮設のスタンディングデスクを取り入れてから、「どんだけ立ちっぱなしなんだ」と思ったが、今まではその時間分を座っていたんだ。
いつもよりも早く、仕事を切り上げてしまうのは、足がパンパンになるから。
立ち仕事の方々の大変さが、よく分かった。
 

未来予測はあてにしないが、ぼくが唯一言っているのは「冗語のようなものが重宝される時代になる」ということ。
「人の時代」「手仕事の時代」なんて、まさに冗語のようなものを求めているあらわれだ。
電車を乗り継いでコーヒー豆を買いに行ったり、お昼を食べに行ったり。
同じサービスをしても選ばれるお店ってのが生まれるのも、この辺りがいいからだと思う。

ばたばたばたつかせる。

2019.2.5

『三度目の殺人』ならぬ、三度目のギックリ腰も回復に向かってきて、炊事や掃除も普段通り行うようになりました。
次の案件のコンセプトアートを描いていて、結局、手と足を使って得たものしか、血と肉にはならんわな、とつねづね思います。
頭脳だって、体でできてるんだよなぁ。
外食で不味いものを食べた次の自炊では、高い確率で同じ料理をつくるあたり、自分の底意地の悪さを感じますが、五感を使って不味いものができるはずもないとさえ思っています。
作った者への怒りと、人間の食欲の結晶である料理が不味いはずもなかろう、という一種の期待。
ん?期待なのか?人の欲望の結晶への期待か。
手と足をばたつかせて進んできたのが、人類なんだから、手足を使うことを信じないでどうすんねん。
三十後半になって、みんなが今まで褒めてくれていた「勘(感)」を、ようやく自分でも信じられるようになってきました。

議論ではいいものはできない。

2019.2.4

仕事ってことを考えると、随分、遠回りなやり方をしているなぁ、とつくづく思います。
現代の流行りの仕事の仕方って、三人寄れば文殊の知恵を、早く回していくのが良しとされているでしょう。
ぼくのやり方は、この真逆です。
ひとりで考えて、ちょっとずつ試しながら、決めていく。
途中で、だれかに相談はするけれど、考えて決めることは、自分や事業者(担当者)以外にはさせないです。
完成したものを改善することは必須だけれど、そこでも同じやり方をしています。
考えないってことが、世の中で増えている気もするから、このやり方は変えないだろうなぁ。
考える時間がいいものを作る、とは思わないけれど、やいのやいの白熱した議論がいいものを作るとも思っていないです。
少なくとも、白熱した議論よりも、ひとりひとりが考える時間を設けている方が、いいものが作れるからです。
多数決で決めたものほど、寿命も短い。