Archive for 2018

デザインを語ること。

2018.10.27

いま資料を作っているのですが、ぼくが資料を作るときは決まって「知らない人に知ってもらった方がいいとき」です。
 
たとえば、「デザイン経営宣言」なるものをはじめ、いま巷ではデザインはビジネスに役立つものとして思われているでしょう。
けれど、そう思っている人たちが、デザインについて何を知っているかというと、何も知らないのが現状です。
最近では、デザイナーではない人がデザインについて語っているせいもあって、デザインの誤解は加速するばかりです。
 
だから、最低限の正解をレクチャーする資料を作っては、新規の依頼人にはまずは受講してもらうことにしているのです。
その資料のバージョンアップを図っているところです。
「最低限の正解」としているのは、ぼくも含めて、考える仕事までしているディレクターと呼ばれる人たちなら、言葉は違えど似たような認識をしているという程度にとどめているためです。
 
それ以上先のことになると、十人十色となり、ぼくの特色、誰かの特色がどうしても漏れ出てしまいます。
この特色は、仕事を進めていく上では仕方のないことですが、同じ現場にディレクターが何人も存在しないように、はじめの一歩にあたる人が持つべきものではないからです。
そうしないから、デザインの誤解が生まれるのです。
つくるばかりが仕事ではないですが、つくれない人(つくらなくなった人)がデザインを語るのは、とても危険な行為です。

体は分かっている。

2018.10.26

「考えていること自体がナンセンスなんじゃないだろうか」
こう思うときって、ちょくちょくあります。
 
今月に入ってから寒い日が続きました。
するといつの間にか、室内でスリッパを履いています。
もちろん、夏のあいだ閉まっていたスリッパを、自分で取り出して、自分で履いているだけです。
 
「あぁ、足元が冷えるなぁ」と感じて、「スリッパをだそう」と思って、「スリッパを履いている」。
単純に、この三拍子が揃っているいるだけで、その後は、温度感覚で自然とスリッパを履いていたり、履いていなかったりします。
20度以上だから履かないとかはないんです。
冷えるなぁ、と思ったら履く。
 
人の行動って、単純にこういうものでもあるよなぁ、とつくづく思うと、最初の考えに至るのです。
考えることがそのまま偉いと思ったら、いかんぜよ。
 
そう思うときが、日常には潜んでいます。
長袖着てて暑いときは、腕をまくるとか。
それでも暑かったら、Tシャツになるとか。
体は分かっているんだよなぁ。

判断軸と現実がリンクする。

2018.10.25

仕事の流儀なんてかっこいい言葉が似合うかどうかはわからないですが、ぼくの場合は依頼人を決めるとき、「家族と思えるかどうか」という判断軸があります。
「笑って死ねる自信があるかどうか」が日々の判断軸とすれば、「家族と思えるかどうか」は依頼をしてくれる相手を決める判断軸となります。
そんななか、私事でめちゃくちゃ恐縮ですが、まぁ、今週末に両家顔合わせをするのです。
えぇ、結婚前の家族紹介です。
そこに来てくれた親族へのお土産として、「里山まるごとホテル」で使っているお米といしる(魚醤)を配るのです。
依頼人である山本さんは血の繋がりはないけれど、親族の場に一緒に関わってくれているというのは、感慨深いものがあるものです。
他の案件はまだまだ公表できる段階じゃないし、ラケットやペンケースを配るのもおかしな話なので、このような場で配れるものがあるということや、仕事の判断軸と現実の関係性がつながるのは、うれしいです。
 

追い討ちをかける必要はない。

2018.10.24

嫌なものを見ました。
「こういう人にはなりたくない」と思う文章を読みました。
人を傷つけた可能性が読み解けるのにそこには触れず、人から言われたら嫌だろうと思う内容を、追い討ちのように書いた文章。
それが分からない歳でもないでしょう。
「老人になってまで、こういうことしか書けないのか」と思い、嫌悪を含んだ悲しみを感じてしまいました。
しかも、雑誌の編集長でしょうに。
 
ベンチャー企業が強い言葉を好むように、凝り固まった人も強い言葉を使います。
弱い言葉、丁寧な言葉を使う方が、内容も豊かさに溢れます。
本当に影響力を持ちたいのなら、やさしさは不可欠です。

物忘れとあなご飯。

2018.10.23

なぜ人は物忘れをするのだろう。
人はというか、ぼくはだ。
昨夜、ブログを書いていないので、お風呂に入りながらネタを考えて、お風呂から上がったら書こうと思っていた。
それが、お風呂上がりのストレッチ最中に恋人が帰ってきて、会話をしたら、ブログのことはすっかり忘れてしまった。
ストレッチが終わったら、そのままベッドに入り『アドベンチャータイム』と『孤独のグルメ』を見始めた。
その後、トイレに行き、電気を消したところで、「あ、ブログ書くの忘れてた」と思い出したが、「忘れてたぁ、むにゃむにゃ」と眠りについた。
まぁ、呆れるくらい呑気だ。
この程度の呑気さが残っているから、これでいいのかなとも思います。
そういえば、一週間前のこととか思い出せないし。
去年広島で食べた「あなご飯」のことは思い出せます。