Archive for 2009

20年前からの・・・

2009.3.16

小学校一年生時の担任だったS先生から、ぼんたん(ぶんたん、文旦)を頂く。

経緯は割愛させて頂くが、僕の活動のことを知って、贈ってくれたのだった。柑橘系が好きなことを覚えていてくれたとは到底思えないが、活動を知った昨年末から展示を観に行ってくれていたらしい。

丁度20年前に小学生になったときには、僕がこのようなことになっているとは予想だにしなかっただろう。

昔のことを思い出すと、今日まで生きたことがあっという間だったような、とても長かったような複雑な気持ちを抱くのだけれども、
今回は少し異なり、温かい気持ちを持ちながら、ぼんたんをしばし眺め、香を楽しみながら創作をするのだった。

草稿のようなもの

2009.3.15

2回目の在廊日。

そのような理由もあって、2つ展示を観てから会場へ向かう。

その2つの展示というのは、1、昨年の写真新世紀の時に知り合った友人の中島大輔さんが参加しているグループ展。2、大学時代の後輩たちが催している卒業制作展。グループ展という意味では同じであるはずなのに、その意味合いは全く異なっている。1つは作家として、藝術作品として展示している展覧会であり、もう1つは自分たちが展覧会を開くことに意味がある展覧会である。
どちらが正しいのかは正確には述べることは出来ないはずだが、立地的にも来場者数が多いのは後者である。しかし、その来場者たちが、藝術作品を趣味(× taste ○ hobby)と弁別する能力があるかといえば、おそらくその違いはわからず、藝術家に対して何も払わずに済ませていることに何の引け目を感じることもないだろう。けれども、この状況というのはコマーシャルギャラリーへの来場者にも同様のことが言え、彼らは自分たちがどれほどのお得な状況にいるかということを理解していない。
それ故に、折り合いをつけることが出来なかった藝術家が自殺をしようとも、何の罪悪感を抱くことはないのである。

この現状の悪循環は、作り手にも蔓延しており、発表自体が自己満足で完結させてしまう作り手が多い、というのも事実である。

けれども、僕は藝術作品は創造性の循環をもたらすものであり、藝術家は作品を作りたい作りたくないということではなく、藝術において創ることを訴えかけられている作品を藝術として創らなければならないと思っている。これは職人仕事としてクライエントに求められているもの以上のものを表出することと似て非なるものであり、藝術はクライエントが実体として存在しておらず、だからこそ、藝術家は藝術という領域の価値を上げ、時代も文化も超えたところにいる人々にさえ創造性を豊かにしていくことに注意を払わなければならないと考えている。その鑑賞者にもたらされた創造性は、作品に倍加されて還元され、この循環がスパイラルとなって後世まで藝術作品が残る要因になるからだ。
たとえば、僕たちが先達の作品の時代背景に生きていなくても、もしくは知らなかったとしても、その作品から創造性を豊かにされ、作品を創ることができるようになるということが挙げられる。これは作品を創ることにならなくても、生活について考えが豊かになることでも同様のことがいえる。そのような作品が藝術作品の最大の魅力のはずであり、僕たちが意識しなければならないことであるはずだ。

しかし、現代美術業界やそれに準ずる業界では、商品としていかに回せるかが重要となっている。しかも、その業界のことや作家のことを門外漢の人たちには知られていないという、芸能の面においても取るに足らない悪状況に至っているのである。

また、その悪状況に気付いているのならば、これを終らせなければならないと意志を持つことが大切になってきている時代にもなっている。

※中島大輔さんが参加しているグループ展
 成山画廊にて3月21日までです。
 とても落ち着いた佇まいが静謐な会場です。

※後輩のグループ展
 東京藝術劇場にて3月15日までです。
 池袋駅から直結しておりアクセスにも優れている場所です。

Peta tto shitenaiyo !!!

2009.3.13

創作と、明日渡すデータの整理。おそらく三人くらいに別々のデータやら情報やらを渡すのでその整理を着々と進めていたはずが、なんだかんだでとっちらかる。おそらくこれでオッケーのはずだ。

それとは別に、踏ん切りがついていないような自分をみたので「髪を切ればいいんじゃない?」と思い立ち、髪を切りました。

直毛なので短くすると髪の毛が浮いてしまうため、今回は数年振りにプロの美容師さんに切ってもらった・・・はずが、浮いてますよ。
童顔なので浮いてしまうと幼子のようになってしまうのですが、どうせならそれを活用してみようかとも思いますが、もしかしたらまた坊主にするかもしれません。

「依頼」はボランティアではない

2009.3.10

おかげさまで個展の初日も無事に過ごせました。

自分から狙った場所だったけれども、やはり門外漢の人たちが集まる場所での展示というのは約5年振りくらいで緊張していました。そんな中で会場入りしたのですが、帰る頃には盛況だったのではと思える場になっていました。
ありがとうございます。

そして、マスターのマコトさんのフォローもあって僕が在廊していなくても、広い空間の意味合いが伝わっているようで頼もしい存在です。

それから、大学時代の友人が結婚することになり、僕は職人仕事としての頼まれ仕事を初めて引き受けました。
と、いうのも、初個展以降やコンペ受賞以降には職人仕事としての依頼があったのですが、全て断っていました。
企画展というのも1つの頼まれ仕事でもあるのだが、職人仕事としての依頼の大多数が阿漕なものであり、それをしてしまった後の作品たちや活動に黒い影が付きまとうだろうと予測してしまうためと、真摯に職人仕事を貫き通している人たちにもどこか後ろめたさを感じてしまうために断っていたのです。どの分野であっても真摯に突き詰めていく人々に私は惹かれるとともに、一抹の悲しさをみるのです。それは不純なものには表れない高貴さでもあるだろう。

また、そのような際には、作品のこと、活動のことなどを説明し、その上でもう一度依頼しようと思えたのなら連絡を下さい、というような主旨の文を書くのだが、大抵は「残念ですね・・・」というような返事さえ来なくなる。

にも関わらず、多くの人に内緒で、特定の人たちのために作品をつくり、額装をして寄贈することが何度かある。そのような人たちというのは、作品のことや活動のことを理解した上でサポートしてくれた人たちであり、僕に出来ることでお礼が出来ないかと考えた結果、作品をつくることへ至る。
この行為は一銭のお金にもならないとともに、これほどお金という価値が高まってしまった現代日本においてはとてつもなく愚行のようにさえ思える行いなのだが、1つの浄化としてもある。
そして、今回、初めて引き受けようと思えた職人仕事は作品と活動を理解した上での依頼だったので、迷わずに承諾した。

来年、観ることが出来ると思われます。

大切なことと責任

2009.3.8

花粉症の薬のお蔭で四六時中、頭が朦朧としている。

今日は隣の工事もさすがのお休みなので、少し進めたかったが、薬の副作用がきれるまでは創作に向かえず・・・結局、『山のあなた−徳市の恋−』を観る。

僕は良い映画を観ると終わりを迎えるのが名残惜しく感じてしまう。そして、この『山のあなた』もそのような映画だった。
詳しいことは避けるが、僕は生命体のヒトとしては強者でもなければ普通でもない。
成人になり自らそのことを伝えなければ「普通と変わりがない」と言われるのだが、幼い時に大人たちに受けた仕打ちは今でも残っているといえるだろう。それを認め、その行為に悪気がなかったことを認識すると、結局、むなしさだけが残るようになった。それは今でも続いているのかもしれないし、「普通と変わりがない」と述べる所謂「普通の人間」に悪気のない悪をみてしまう。

閑話休題。『山のあなた』の良さは映画の冒頭から始まる。邦画には珍しく、始まりの透明感から「これは良い」と思えるものだった。CMで流れていたときから「観たいな」と思っていたが、その時間がとれなくて機を逃していたのだが、漸く観ることが叶った。

そして、「見えない」ということで共通していることに、「見ること」が叶わなくなってから大切な人や物に気付くことがある。夢の中でしか会うことを許されない関係になってしまった今では、自分だけがいたずらに年を重ね、目が覚めると同時に言いようのないむなしさだけが残る。

けれども今はまだそちら側にいくことは出来ないと、最近は思えるようになった。藝術、美術活動において責任があり、今の子どもたちやそれ以降の世代を担う人々が藝術/美術の世界に進んだ時に現代のようなくだらない事柄に悩まなくても良いようにしたいと、今は思えている。

何の話か少しわからなくなってしまったが、『山のあなた−徳市の恋−』は良い映画だよ、という話でした。

そして、花粉症薬の副作用が切れたらしっかりと創作を進めることが出来ました。