Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category

いろいろ。

2019.9.13

ぼくは「持続可能性」や「SDGs」をわざわざ謳うことを、クライアントに禁止にしている。
というのも、持続可能性とか、SDGsをわざわざ謳っているところって、単に儲けたいだけっていうのが見え隠れするから。
いや、隠そうとして、見えちゃっているからが正解。
CSRやメセナ活動って、あったよなー。
そんなこと掲げずに、普通にいいものを作って、売上げがあって、社員も関係者もお客さんもニコニコして、空を見上げたらお日様まで笑ってらと思えて、インタビュアーに質問されたときに「三方よしって当たり前のことだと思ってました」と、さらっと答える方が、真っ当で格好いい会社だと思うよ。
 

「やりたいこと」と「やるべきこと」を同時に進めないと、結局は弱い立場になっていく。
例えば、自身のやりたいことが観光業にまつわることなら、「国を挙げてインバウンドを肝入りにしなきゃいけない理由」が話せなかったり、理由が「儲かるから」じゃ困るんだ。
「観光公害」についても同じ。
自社が儲けることや、自分の生活のことしか考えていないと、こういうことに頭が回らず、結果的に弱い人になっていく。
 

「毎日使うものと考えたら安い」という売り文句は、止めた方がいいと言っている。
こういう売り文句は、金額が高いものを売るときに使われてしまうが、こう言ってしまうことで、「価値」の勝負から「価格」の勝負に、自らを切り替えてしまっているのだ。
せっかく価値あるものを提供しているはずなのに、「いいものを安く」という利益率の低い戦略をとってしまっている。
だから、提供するものと戦略がマッチしていないのだ。

紹介するということ。

2019.9.12

誰かに何かを紹介するとき、紹介する人のセンスってあるよなぁ、とつくづく感じる。
この歳になって、紹介が下手だなと思うのは、紹介されてどうしたらいいのか困る種類の紹介だ。
例えば「興味があると思って」という紹介や、「とりあえず繋ぐよ」という紹介は、けっこうな確率でその後、困る。
困らないまでも、手持ち無沙汰のような状態になる。
これは年齢を重ねたから起きる現象なのだろう。
さすがに40歳手前にもなると、興味があったものはそれなりに知恵が働くほどになっているし、面識のない人と繋がるときには、何かしらのスパークが起きるかもしれないと期待できないと、紹介された者同士は困ることになる。
そして、このときのスパークは、「仕事が生まれる」だ。
だから、単に情報や知識を与えるだけの紹介であれば、本や事例を紹介すればよく、それ以外で人や何かを紹介するときというのは、それが必ず相手の役に立ち、それぞれの仕事が発展するのではと期待して紹介しないと、相手を困らせることになる。
だから、人を紹介するときって、「一席設けます」となるんだ。
 
さらに、一席設けた後も、下手だなと思うときがある。
それは、挨拶の瞬間、他己紹介ではなく自己紹介させてしまうときだ。
人を紹介するというのは、相手同士が何かスパークするのを目的としているのだから、それぞれに強さや面白さがなければスパークも起きようがない。
けれど、挨拶のとき、強さや面白さを自己紹介で言わせれば、単なる自慢話となってしまう。
すると、マウンティング合戦になりかねない。
少なくとも、自分はこれだけ凄いんだ、という話になってしまうので、聞き手にとってみたら、自慢のように聞こえなくはないわけだ。
だから、人を紹介する場合は、口コミのように、紹介する人が他己紹介した方がいい。
 
こういうことって、誰かが教えてくれるわけじゃないけれど、だからこそ、如実に表れる。
他己紹介が上手い人って、教養があるなぁ、と思っちゃうんだよね。

不安を減らすデザイン。

2019.9.11

初対面の人と仕事について話すとき、「不安を減らすこと」について話すことが多くなっている。
というのも、ぼくはデザインをするときに「不安を減らすデザイン」に一番気を使っている。
以前から「事業者はお客さんに買う理由を与えるが、お客さんは買わない理由を探している」と言っているが、これが、不安を減らすデザインのはじまりだ。
不安には色々な種類があるが、その中でも大きいのが「孤独」と「恥」だ。
人は損をしたくないが、安物買いの銭失いよりも、感情的なマイナスの方が損のトラウマは大きいダメージとなる。
買う理由を与えるよりも、こういった不安を減らした方が、お客さんは買いやすくなるのと、買った後の感情のダメージがなくなる。
もしも、製品やサービスが優れているのなら、感情のダメージがなければ、感情の働きは正の方向へ動く。
つまり、感情体験として優れたものになる。
そのためにも、まずは購買してもらう必要があるのだが、企業は「不安」と「不便」を履き違えてしまい、不便を減らして便利にしようとするが、不安は置き去りにする。
だから、多くの事業は不安を減らしていないので、どんなにアピールをしても売れない。
これは何も伝統工芸や地方ビジネスに限らず、すべてのサービスに言えることだ。
相手の不安を減らす、まずはここからはじまる。

専門家のレベルについて。

2019.9.9

専門家にもレベルはある。
ぼくは専門家を医者に喩えて話すことが多いが、今回も同じだ。
専門家のレベルには、「治療ができるレベル」と「治療と予防診療ができるレベル」がある。
 
この違いはかなり大事で、治療ができるレベルであれば、クライアントの抱えている課題を解決したり、クライアントの欲求を満たすことを仕事とする。
「〇〇のことなら、私たちにお任せください!」という売り文句の専門家は、クライアントの欲求を満たすことを仕事としていると言える。
そう言わないまでも、治療ができるレベルだと、短期的な課題の解決に向いているが、長期的な視点でのリスクを回避することが難しくなる。
そのため、聞こえのいい案を採択しやすくなり、このような専門家と出会うとクライアントはノリノリになるが、いざ発売となったら思うようにならない、というケースに陥りやすい。
 
そこで、次のレベルである「治療と予防診療ができるレベル」の専門家が必要となる。
このレベルになると、クライアントの抱える課題への治療として、治療を施した後の長期的な視点を持ちながら、治療方法を提案することができる。
クライアントの欲求を満たすことよりも、課題への治療と予防診療を主とするので、クライアントからすると否定的に映ることもしばしばある。
なぜかというと、クライアントの欲求を満たすことを主とすれば、必ず同じような課題が再発するため、クライアントの話す要望に対して、注意を促すことが度々起こるからだ。
そのため、予防診療ができる専門家と出会うと、クライアントは怒られたようになり、戸惑いの表情や険しい表情となる。
けれども、それは最初のみで、専門家を信任してこの段階を通過すれば、「実際にはやってよかった」という結果になりやすい。
 
今まで専門家のレベルを挙げてきたが、結局は、どのレベルの専門家と仕事をしたいか、なのだろう。
自分の欲求を満たすために他人がいると思っているのならば、欲求を満たしてくれる人と仕事をするだろうし、そうではなく、事業の未来やお客さんと環境のことを考慮するのであれば、そのような人をパートナーにするだろう。
こうやって考えてみると、依頼主になるとき、「自分がどんな人間なのか」が現れると言える。
つまり、「目利き」というのは、物事や人を見るときの目でもあるんだ。
優れた目利きは、自分のことや、他人のこともよくわかる。
大事なのは、自分が必要としている人と、専門家のレベルを間違わないこと。

越境すること。

2019.9.4

デザイナーである原研哉さんが場所の選定、撮影、ライティング、編集のすべてを手がけている『低空飛行』。

率直な感想、とてもいい。
職種を越境する働き方をしている自分にとって、とても励みになる内容だ。
60歳を超えても良質なものを吸収し、提供してきたことで培った視点か。
梯子を登って背伸びをしないと、ぼくにはまだ見えない視点。
でも、もうすぐだ。
ここまでの距離がわかった。
だから、ものづくりはたのしい。
 
それにしても、ジェフリー・バワ氏、エイドリアン・ゼッカ氏は避けて通れない人物だな。観光を意識するようになって、この人たちが作り出した思想と価値観を、ぼくらは享受していることを年々痛感している。
 
さて、明日(このブログが読まれている頃だと今日)から出張だ。
これからの日本のあり方を左右するとは言えないが、観光業は日本という国が経営破綻しないために必要な事業。
これに携わることで、クリエイティブが国益に関わることだという意識は、強まった。
ひとつの事業体が潤いながら、全体を潤わせる方法。
この旅はまだまだ終わらない。
 
※出張のため、次回の更新日は9月8日(日)もしくは9日(月)の予定です。