Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category

自分の名前で仕事をするには。

2019.10.15

「ほぼ日」というWEBサイトが好きでよく見るのですが、最近連載していた田中泰延さんの最終回がとても良かったです。
内容としては、「自分の名前で仕事ができるようになるには」ということに関係していました。
これ、ぼくもよく質問されるのですが、「そうなるように、自分を仕向ける」しかないんですよね。
依頼仕事には、「A:〇〇さんにお願いしたい仕事」と「B:とにかく完成したらいい仕事」があります。
自分の名前で仕事をするのは「A」の仕事です。
ですが、コネを持っていない限りは、誰もが最初から、「A」の仕事は依頼されません。
だから、ほとんどの人ははじめ、「B」の仕事の打席にしか立てないのですが、「B」の仕事を「B」のまま完成させていても、「A」の打席には立てないのです。
じゃあ、どうするか。
 
依頼される「B」の仕事に、「A」の要素を含めて「B≧A」として完成させるのです。
これを繰り返していくと、「B≧A」の仕事の依頼が来るようになります。
そして、「B≧A」の依頼には、「A≧B」として完成させます。
少なくとも「A=B」ぐらいの分量にして完成させます。
もう予想できていると思いますが、これを繰り返すと「A≧B」の依頼が来るようになるので、そうなったら「A」として完成させます。
 
「A:〇〇さんにお願いしたい仕事」というのは、〇〇さんの視点や考え方、クオリティが欲しい訳で、なぜこれらを欲しがるかと言ったら、○○さんの視点によって品質が上がり、利益が向上すると思われているからです。
〇〇さん自身もこのことが分かっていたら、「A」の依頼だからといって好き勝手にやれるはずはありません。
自分が望む仕事のやり方を叶える代わりに、相手が望む結果を提供する。
「A」の要素が増えれば増えるほど、この要素も増えます。
 
だから、さっき「Bの仕事はB≧Aとして完成させる」と書きましたが、本当は、仕事の進め方から「B≧A」になるように進めなければいけません。
相手から好意を持たれていない状態で、いきなり自分の考えを披露したところで、「何言ってんの?」と相手にされないでしょう。
むしろ、険悪な関係になります。
だから、自分の名前で仕事をしたいのなら、仕事の依頼から進め方、完成の仕方まで、「依頼してよかった」と、好意を持たれる仕事の仕方をしなきゃいけないってことです。

マッピング。

2019.10.11

施策の計画を立てるとき、ぼくは色んなところでマッピングを勧めるんですが、初めてやる人は、どうしても下手なんです。
正解も不正解もないのに、すぐに筆が止まってしまう。
ちなみに、マッピングというのは、連想ゲームのように、「あるもの」と「別のあるもの」を結びつけていく思考方法です。
最初に基点となる単語を白紙の真ん中に書いて、この単語から連想されることを書いては繋げていく方法です。
ひとつの単語から、ふたつの単語が連想されるのなら、ふたつの方向へ枝分かれします。
みっつならみっつに枝分かれして、それぞれ連想させていきます。
たったこれだけのことです。
紙とペンがあれば、誰でもできます。
 
けれども、初めてマッピングをやった人は、大抵、A4一枚を埋める前に終えてしまいます。
文字がデカいとかって反則技はなしですけど、それでも、馬鹿デカい大きさの文字で書く人もいないので、やっぱり、心の壁が大きくて強いのです。
 
だけど、それでいいのです。
どれだけ自分の心の壁が大きくて強固なものなのか、視覚化されるのはとてもいいこと。
その後の対策が立てられますからね。
 
もうひとつ、マッピングですぐに筆が止まってしまう人の特徴は、ひとつのアイデアで頑なになりやすいこと。
ひとつの課題に対して、ひとつの回答で解決しようとしているのは、アイデアとは言わないです。
ひとつの回答で、ふたつみっつの課題を解決できるのが、アイデア。
これ、先日読んでいた『岩田さん』という本にも書いていたのですが、まさにその通りです。
そういう意味では、一問一答で会話を進めたがる人ほど、マッピングは不得意かもしれません。
 
なぜなら、マッピングをして、その後の施策がうまくいきやすいのは、枝分かれして、紙の両端まで広がっていった対極にある単語が繋がっている場合や、別の単語を基点にしたマッピングでも、同じ単語が何度も出てくる場合です。
これは多ければ多いほどいい。
繋がるということは、その単語は、それだけ出会うことが多い訳だから、自ずとキーワードになり、たくさんのことを一気に解決できるアイデアになります。
つまり、この状態に至るためには、真っ白だった紙が、単語と線で埋め尽くされている状態になっていなければならないからです。
この状態で話をしようとしたら、一問一答の会話はできません。
 
何か施策を始める前、頭を整理し、仮説を立てるためにも、マッピングはおすすめです。

おいしいご飯は、運を引き寄せる。

2019.10.6

外食での「おいしい」とか「まずい」とかってあるでしょう。
初めて訪れるお店では、どんなに口コミを丹念に見ても、そのお店で自分が食べる料理が自分にとって「おいしい」か「まずい」かは、誰にもわかりません。
今日は、何がおいしいか、まずいかは置いといて、ひとつ気がついたことがあります。
 
それは、「おいしいものを食べれたときは、運が向いている」ということです。
 
スピリチュアルかどうかは知りませんが、調子が悪いときほど、外食でまずいものを引き寄せてしまいます。
引き寄せるというのは、博打的な言い方をすると、引き当てるとも言えるでしょう。
運が向いていないときは、悪いものを引き寄せてしまい、当たりくじを引き当てられない代わりに、ハズレくじを引き当ててしまいます。
例えば、行こうと思っていた店舗が臨時休業だったりと、無駄足をさせられたり、食事関係でなくても、つまらない話を聞かされたり、行く先々で騒音に悩まされたり、失礼な態度をされたり、普段はしないようなミスをしたり、ミスを重ねられたり、数え上げたらキリがないほど、重なるときは重なるものです。
こういうときに外食をすると、心の底から「おいしい」と言える料理と出会えないことがほとんどです。
仮に、自炊をしても、イライラしていたりするので、味付けが普段よりもしょっぱかったり、味のピントが外れていたりします。
つまり、自分の状況がまずいときというのは、食べるものも、まずいものを引き寄せてしまうんです。
 
そんなとき、ぼくがするのは、「必ずおいしいものを食べる」ということ。
当たりくじを引き寄せられない状況にあるのなら、どんなに小さな当たりだとしても、高い確率で当たりくじを引き当てられるところに行きます。
金曜日はまさにそんな状況だったのですが、おいしいハンバーグを必ず提供してくれるお店に行き、ちょっとだけ運を引き寄せる方向に、自分を持って行きました。
 
前菜にクリーミードレッシングがかかった卵付きサラダ。
メインは濃厚デミグラスソースのハンバーグに、付け合わせがほくほくベイクドポテトと、バターが香るインゲンのグラッセ。
食後に自家製デザート二種の盛合せと、生クリーム入りのアイスコーヒー。
 
ぼくの中で鉄板のランチです。
味を知っているのにも関わらず、食べながら、思わずうっとりと目を閉じちゃいました。
それぐらい、当たりを引き当てていなかったのです。
このランチを平らげて、家に戻り、仕事を進め、就寝すると、お客から嬉しいメールが届いていました。
やっぱりね、おいしいものを食べるのって、「引き寄せる」ことでもあります。

「誘い」と「お願い」と「依頼」。

2019.10.5

「誘い」と「お願い」の違いは、似ているようでまったく違う。
さらに、「誘い」の場合でも「遊びの誘い」と「仕事に関わる誘い」では、アプローチのマナーは変わる。
「仕事に関わる誘い」で大事なのは、誘う相手のことを考えてから誘うことだ。
特に考えなければならないのは、相手が払うことになるコストや、背負うことになるリスクである。
遊びであればそこまで考える必要はないが、仕事に結びつくことで人を誘う場合は、相手のことを考えてから誘っているのか、何も考えずに誘っているのか、誘われた方は分かるものだ。
相手のことを大して考えていない場合、誘う方は、自分の都合のいい解釈しかしていないことが多い。
この場合、誘いは失敗する。
 
自分の都合で人を動かせるのは、「お願い」だ。
「お願い」とは、自分が誰か他の人に、何かしてくれるように依頼することだ。
つまり、「お願い」とは「依頼」なのだ。
依頼は、依頼者が、自分の都合のいいように依頼するが、その代わりに相手へ報酬を支払う。
自分の都合が大きければ大きいほど、支払う報酬額も増える。
そうじゃないと、引き受けてもらえないか、対応が悪くなる。
「お願いしても動いてくれない」ということが起きるのは、十分な報酬を明示していないか、支払っていないからだ。
報酬を支払う依頼でもこうなのだから、報酬の概念がない「誘い」で、自分の都合のいいように話をしていたら、誰も協力しないのは明白だ。
 
だから、まずは働きかける相手の都合を考えてから、「誘い」なのか「お願い(依頼)」なのかを判断すること。
その判断をしてから、相手に働きかけると、相手も動きやすくなる。
これはビジネスの現場だけの話ではなく、人間の営み全般の話だ。

総合的な評価を味わっている。

2019.10.4

毎日ブログを書いていると、同じネタっていうことがあるが、おそらく今日の話も以前に書いたことがあると思う。
 
飲食店では、味だけを味わっているわけではないんだ。
ホスピタリティやデザインという言葉が広まるにつれて、ぼくらが飲食店で味わっているものは味だけでなく、総合点だということが浸透している。
いわゆる一流店と言われるお店では、総合点が極めて高い。
だから、味だけを極めようとすると、「味はいいんだけどね…」という評価になる。
 
これ、飲食店に限らず何でもそうだ。
病院も、雑貨屋も、結婚式場も、直接的なクオリティだけを高めた人や場所というのは、何かが足りなく感じるようになる。
それは、ぼくらも同じ。
「最高のクオリティ」だけの人とは、話したくないものだ。
相手を慮ることができない人とは、どんなに高いクオリティを提供されるからといって、総合的な評価は低くなる。 
結果も過程も、両方大事なんだよ。