Archive for the ‘おすすめ’ Category

こだわりと組織力。

2019.6.16

昨日の投稿から製品のことを知りたいってことで、ちょっと載せておきます。
寝ホンは「ADVANCED “Sleeper”」、電源タップは「Fargo “TAPKING USB ベージュウッド”」。
 
調べてみると、それぞれ音楽機器メーカーと、電源タップメーカーなんですね。
電源タップに特化するってヤバイっすね(もちろん良い意味です)。
どちらも特化することで、本当に痒い所に手が届くまでのニーズをキャッチできるんでしょう。
さらに、キャッチした後の商品化へ進む組織の決定力も、特化することが役立っているような気がしています。
 
日本の商品化までの会議だと、潰される要素はたくさんありますもんね。
イヤホンについては昨日も書いたけれど、社会の良識から反しています。
「寝ながらイヤホンを使うなんてけしからん!」と社内の良識人に言われて潰されるでしょう。
電源タップも、「コンセントの口を全部使う必要なんてあるの?」なんて得意気に言う上役が想像できます。
こうやって企画が潰されながら、社長から「もっと斬新なアイデアはないのか!」と檄を飛ばされるのが、基本的な日本企業です。
 
昔のアップルのような製品開発も、日本だとできないものでした。
アルミ一枚からの削り出し、SF映画の要塞のようなMac Pro、ボタンなんかいらねーじゃんバリのiPhoneなどなど、偉業を上げていったらキリがありません。
技術があっても、狂気の沙汰と言えるような物質のこだわりを形にする工場と、アイデアを通す組織力。
この二つが揃わないと、マニアを刺激する製品は生まれません。
プラットフォームビジネスで顧客を囲い込んだり、ファン化を目指すのは構いませんが、ファンってマニアになることですから。
万人受けするような製品開発をしていたら、誰も欲しくない製品が生まれるんですよね。

ニッチな進化。

2019.6.15

最近、イヤホンと電源タップを買い換えたんですが、これがすごいなあと思っています。
イヤホンはBluetoothじゃなくて有線なんですが、横になりながら使えるイヤホンなんです。
調べてみると「寝ホン」というジャンルがあって、寝ながらイヤホンを使いたい人向けのジャンルらしいです。
電源タップは、口が6個ついていて全部の口が使える電源タップなのです。
文字にすると当たり前なのですが、機器の電源アダプターって、けっこう大きかったりしますからね。
だから、この電源タップはそれぞれの口が180度回転して、隣同士が干渉しないから全ての口が使えるって仕組みなのです。
それぞれ細かな気配りの効いた機能が他にたくさんあるのですが、今回ぼくが話したいのは、「すごいアイデアだなー」と「よく商品化したなー」ということです。
特に「寝ホン」なんて、王道の進化ではないですよね。
今だったら、Bluetoothで動きやすく、手軽に通話ができたり、音楽を聴きながら人の話も聞けたりするような技術があるなかで、より動的な方向へ進化するのが王道です。
それが、横になりながらイヤホンを使うという、とてもニッチな方向に寄せてきたあたりが感心しました。
「寝る前にはスマホやタブレットは見るな」「睡眠の邪魔になるからイヤホンをしたまま寝るな」というのが一般的な意見ですもんね。
完全に真逆。
すごいです。
こういう方向に振り切るものづくり、昔のアップルを見たような懐かしい進化を思い出しました。
久し振りにハマりそうだな。

『問題解決ラボ』を読んで。

2019.6.11

佐藤オオキさんの『問題解決ラボ』を読んでいると、自分と似ている考え方とたびたび出会う。
その中でも上手いこと言うなあと感心したもののひとつは、マーケティングとデザインの違いについて触れているところ。
医師の診察に例えていて、マーケティングを処方箋や治療などの処置診療、デザインはこれから問題が起きないようにする予防診療と喩えていた。
これは抜群の喩えで、マーケティングは過去の事例やユーザーが行った行動から今ある問題を解決する方法だ。
だから、問題に気づいているときのテコ入れに役立つ。
一方でデザインは、人間とはなんぞやという普遍的な性質を見ながら、未来へユーザーを導く役割りがある。
だから、デザインの方が仮説性が高いように見えてしまう。
けれど、これはどちらが優れてるというのではないし、どっちがどうって、否定し合う必要はないんだよなあ。
貢献度競争はしたくないんだよね。

『大哺乳類展2』

2019.6.7

びっくりしました。
これは『大哺乳類展2』の感想です。
何がすっごいって、ネタバレにならないように書くと、冒頭の「どっひゃー」から「へぇ〜、なるほど〜」と「すげぇ〜」が続いて、クライマックスでまた「どっひゃー」です。
展示されているのは剥製と骨と情報のはずなのに、分類して、整理して、ごちゃまぜにして、体を縦横右左に動かしながら歩かせることで生まれる没入感。
めちゃくちゃ人工的な空間のはずなのに、めちゃくちゃ身体的な、生物的な展示なんです。
だから、動かない展示物を見ていても、自分が生きていることを実感します。
「野生って恐ぇ〜」ってやっぱ想像しますもん。
想像の中で何度か喰われましたよ、あっしは。
いや、すっごいものを観ました。
6月16日までなので、早目にどうぞ。

『100歳の少年と12通の手紙』

2019.6.6

目が痛くて仕事にならず、しばらく目を閉じた後、やさしいものを摂取したいと『100歳の少年と12通の手紙』を観ました。
コンビとなる二人のキャラクターはよくある感じだし、物語の最後も予測がついてしまうものですが、だからこその感動がありました。
「早く死ぬからって、何をしてもいいわけじゃない」
刺さりました。
相棒の女性が、当初はしぶしぶ少年と会っていたかというと、そんな素振りを一向に見せないんです。
最初から最後まで、機転の利く、とても優しい人でした。
最後の12日間で人生のすべてを全うした少年は、どれだけ救われたか。
救ってもらって、救われて。
最後は少年の方が見守っていたと。
医者も看護師も両親も、妻も、仲間たちも、家族たちも、恋人風な人も、みんな優しい。
久しぶりに声を上げて泣きました。