Archive for the ‘日々のこと’ Category

いろいろ。

2019.10.19

色んな場所で何度も話していますが、「信頼」と「信任」は違います。
そして、日本では「信頼」という言葉を、依頼する側の都合がいいように使いすぎる傾向があります。
依頼者側の無理難題を叶えることが、信頼に繋がると思ったら間違いです。
 

今年の上半期に「うんこアプリ」の重要性について、熱心に話していたけれど、それは「おもちゃ」に興味を持つことの、はじまりだったんだ。
アプリの申請と同じように、おもちゃを製造し、販売するには、何かしらの決まり事があるのだろう。
そこまではまだ調べていないけれど、「おもちゃ」が持っている性質が、これから、いや、今すぐにでも、人々に必要なのだろう、ということを確信している。
とるに足らないものとしてのおもちゃではなく、人が自分だけで楽しめて、人々になっていく、おもちゃだ。
 

ガンプラ作りをしていて再認識したことがあります。
ぼくは「待つこと」が苦手。
凹み処理後の待ち時間、塗装下地を塗った後の待ち時間、塗装後の待ち時間……けっこう苦手です。
仕事場所とガンプラを作っている場所が同じ部屋というのもあって、うずうずしちゃうんですよね。
あとは、塗料の買出しとか、買ったものの使い勝手とか、慣れていないことが続いてしまって、おもしろがる部分と、おもしろがれない部分の両方があります。
 

何かをはじめると、かならず「つまずき」があります。
つまずきが減り、ほとんどつまずかなくなると「慣れた」状態です。
この数年、仕事以外の色んなことで、つまずきがあります。
それは、色んなことをはじめているからです。
色んなことをはじめるというのは、理由があります。
ひとつは、それまでやっていたことに「慣れた」から。
ぼくの場合は、仕事に慣れたということです。
そして、もうひとつは、「種まき」です。
自分が慣れたと同じように、世の中が慣れると、その業界自体が狭まってきます。
レッドオーシャンになって、飽和して、ラストマンスタンディング競争になり、みんながボロボロになります。
ま、衰退していくということです。
これを、衰退させないためには、他の要素を組み込んでいくことです。
そうして、芽が出れば、業界や自分は元気な状態になります。
つまり、ブルーオーシャンで快適に泳げるということです。
それは、仕事になる、ということです。
仕事を豊にするためには、衰退させないことです。
そのためには、種まきが大事。

おもちゃに感心している。

2019.10.18

最近、「おもちゃ」を触っていて、改めてすごい分野だと感心しまくっています。
平日、おもちゃ屋に行くと、お客さんが入っているんです。
ゲームセンターもお客さんが入っています。
電車の中ではどれだけの人が、スマホゲームをしているでしょうか。
YouTubeの、ガンプラ作りがうまい人の視聴者数はものすごいです。
昨日、ぼくはこんなことを書きました。
 

これで困っている人が助かるとか、持続可能性の社会が推進されるとか、生産性が高まるとか、そんなことにならないことを始めたかったのです。
(中略)
直接的にも間接的にもメリットがあると言えないようなことを、みんな、心の奥底で欲しがっているでしょ?

 
日本で長く続いている閉塞感と、いいことしている感と、俺たち勢いある感……実はもう、これらに対して、居心地の悪さを感じているでしょう?
いい景色を見に行っても疲れちゃうし、美味しいものを食べても、観たい映画を観に行っても、何かを言わなきゃいけない。
いいんです。
美味しいものを食べたら「おいしい」だけで。
映画がよかったら「よかった」だけで。
人に勧めたいと思ったら、「おいしいから、食べに行ってみるといいよ」だけで。
「どんな風に美味しいの?」と聞かれたら、「食べてみないとわからないよ」と答えればいいんです。
 
本当は、この役割をアートが担える可能性があったのに、作り手も受け手も何かを考えなきゃいけない。
考えて話せば、知的に見え、自尊心が保てる。
オークションによって、投機の役割を担うようになった。
だから、アートにはちゃんとメリットがあるんです。
自尊心というメリットがある点は、読書家も一緒です。
そして、今の世の中は、メリットだらけです。
メリットなど必要ないところまで、メリットだらけです。
パチスロだって、読書だって、ジョギングだって、持続可能性だって、メリットだらけです。
これを、ほとんどの人が気がついているけれど、口に出せないでいる。
気がついていなくても、モヤモヤが生まれるようになっている。
 
話をおもちゃに戻すと、おもちゃの楽しさを人に話そうと思っても、伝わらないことに気がつきました。
それでも、おもちゃの人口は確実にあるし、その業界はしっかり生きています。
けれども、せっかく完成したプラモデルは、興味のない家族に捨てられたり、ゲームの時間は制限されたり、いつも邪魔者にされています。
邪魔者にされないためには、邪険に扱う人たちの興味の対象を含めればいい。
そうすれば、人口は増える。
 
仕事として考えると、このように考えてしまいますが、まだ観客席にいる自分としては、ただ単純に、邪魔者扱いされているのに、確かにハマっている人口分布があることに感心しています。
 
ぼくはすごいことに気がついてしまった。
おもちゃに触っている人は、おもしろい。
おもちゃについては、もっと話したり、考える必要がありそうです。

ガンプラはじめました。

2019.10.17

はじめに断っておきますが、今日は内容がないようです。
 

急に寒くなってきたと思って天気予報を検索してみたら、今後一週間、曇りや雨のマークが連続していた。
この季節になると、寒さが苦手なことを思い出すが、ネガティブなままでは体調も悪くなるので、どうにかして楽しみを見出す訳だ。
お鍋が美味しいとか、スープが美味しいとか、お風呂が気持ちいいとか、布団にくるまるのが気持ちいいとか、もうね、欲望と自堕落なことばかりを思い続けている。
それでも、「洗濯物が乾かないじゃん」と思ってしまうので、咄嗟に逆転の発想をしてみる。
「乾かないのもアリじゃん」……ないだろ。
こんなことを思う始末である。
 

今月は仕事が落ち着いているので、空いている時間に何かを始めようと思い、22年振りにガンプラを作っています。
知らない人のために説明すると、ガンプラとは、ガンダムというアニメに出てくるロボットのプラモデルです。
このガンプラにもグレードがあって、詳しくないぼくの説明になるので間違っているかもしれませんが、ディティールの細かさや塗装のクオリティなどでグレードが分かれているようです。
そんで、ぼくが買ったのは、無塗装の290円ぐらいで買えるガンプラです。
道具類も家にあるもので代用できないものは買い足したので、結果的に道具の方が高くついています。
 
まぁ、まだ完成していないので、後日報告しますが、先にはじめた理由を言いますと、YouTubeでガンプラ製作の動画を見ていたら、自分も作りたくなったのと、空き時間にやることを社会的に実益のあることじゃないものに使いたくなったんです。
細かい作業の訓練になるので、仕事に関係あると言えば関係あるのですが、これで困っている人が助かるとか、持続可能性の社会が推進されるとか、生産性が高まるとか、そんなことにならないことを始めたかったのです。
そう考えていたら、ガンプラを作っている動画を見て、感化されたという訳です。
 
ま、この1〜2年で話していることでもありますが、直接的にも間接的にもメリットがあると言えないようなことを、みんな、心の奥底で欲しがっているでしょ?
ぼくも、そうなのです。
これについては気が向いたらまた報告しますが、ぼくは色々はじめています。

先に好意を持つ。

2019.10.16

昨日は「自分の名前で仕事をするには、好意を持たれること」というようなことを書きました。
いい大人なら、好意と書いて、恋愛100パーセントと考える人はいないでしょう。
嫌悪感や無関心でない限りは、大抵は好意があります。
「友達にはなりたくないけれど、仕事はできる」というのは、好意はないですね。
やはり、「友達になりたい」や「友達になれそう」と思えなきゃ、その人に好意はないです。
「あの人に協力したい」とか「お節介を働きたい」というのも、好意があるでしょう。
これは老若男女問わず、誰に対しても抱く感情です。
 
当たり前な話をしますが、依頼仕事のうち、ぼくは引き受けるものと断るものがあります。
その基準は完全にぼくの好みです。
ヒアリングの段階で出会う人をムカついたら、その仕事は断ります。
ムカつく、退屈、つまらない、不潔、臭い……もう、完全に断ります。
 
ぼくは飽き性なので、好奇心が旺盛です。
知らない飲食店に入り、味が予想できないメニューを頼むのが、ぼくの癖です。
話を戻すと、ぼくの知らないことを話してくれたら、基本的に、ぼくは興味が湧きます。
けれど、話しているその人のことを「嫌だな」と感じたら、断るようにしています。
理由は、依頼を引き受けたら、最低でも三ヶ月から三年は、その人と会わなきゃいけないんですから、もう耐えられません。
その間、打合せの度に、ニンニク臭い口臭を漂わせられたら、たまったもんじゃない。
長ければ一生の付き合いになるので、さっさと死にたくなるでしょう。
これは口臭だけじゃなく、話し方も同じです。
毎回ムカついていたら、心臓に悪いです。
もしくは、打合せ中に「退屈だ」と思っているところに、隕石が降ってきて死ぬことになっても嫌です。
隕石よりも心臓発作の方が、確率は高いのかもしれません。
ふざけているようですが、急に死ぬというのは誰にでも当てはまることです。
それを、真剣に考えています。
 
だから、依頼を引き受ける基準に、「その人のことを家族と思えるかどうか」という、完全にぼくの主観や好みで選んでいます。
家族が困っていたら助けるでしょう。
相談に乗るでしょう。
お節介を働くでしょう。
 
そうなれるのも、基本的な根底に、相手への好意があるからです。
友人や家族に抱くのと同じ好意を、依頼人にも持つこと。
だから、ぼくの依頼人への関わり方は、ぼくの家族への関わり方と一緒です。
家族に丁寧語で話しているときもあれば、依頼人にタメ口で話しているときもあります。
もう、ごちゃまぜです。
けれど、そうするようにしてからの方が、経済的にも心身的にも快調です。
 
好意的に「〇〇さんに依頼したい」と言われたいのなら、先に依頼人に好意を持つことです。

自分の名前で仕事をするには。

2019.10.15

「ほぼ日」というWEBサイトが好きでよく見るのですが、最近連載していた田中泰延さんの最終回がとても良かったです。
内容としては、「自分の名前で仕事ができるようになるには」ということに関係していました。
これ、ぼくもよく質問されるのですが、「そうなるように、自分を仕向ける」しかないんですよね。
依頼仕事には、「A:〇〇さんにお願いしたい仕事」と「B:とにかく完成したらいい仕事」があります。
自分の名前で仕事をするのは「A」の仕事です。
ですが、コネを持っていない限りは、誰もが最初から、「A」の仕事は依頼されません。
だから、ほとんどの人ははじめ、「B」の仕事の打席にしか立てないのですが、「B」の仕事を「B」のまま完成させていても、「A」の打席には立てないのです。
じゃあ、どうするか。
 
依頼される「B」の仕事に、「A」の要素を含めて「B≧A」として完成させるのです。
これを繰り返していくと、「B≧A」の仕事の依頼が来るようになります。
そして、「B≧A」の依頼には、「A≧B」として完成させます。
少なくとも「A=B」ぐらいの分量にして完成させます。
もう予想できていると思いますが、これを繰り返すと「A≧B」の依頼が来るようになるので、そうなったら「A」として完成させます。
 
「A:〇〇さんにお願いしたい仕事」というのは、〇〇さんの視点や考え方、クオリティが欲しい訳で、なぜこれらを欲しがるかと言ったら、○○さんの視点によって品質が上がり、利益が向上すると思われているからです。
〇〇さん自身もこのことが分かっていたら、「A」の依頼だからといって好き勝手にやれるはずはありません。
自分が望む仕事のやり方を叶える代わりに、相手が望む結果を提供する。
「A」の要素が増えれば増えるほど、この要素も増えます。
 
だから、さっき「Bの仕事はB≧Aとして完成させる」と書きましたが、本当は、仕事の進め方から「B≧A」になるように進めなければいけません。
相手から好意を持たれていない状態で、いきなり自分の考えを披露したところで、「何言ってんの?」と相手にされないでしょう。
むしろ、険悪な関係になります。
だから、自分の名前で仕事をしたいのなら、仕事の依頼から進め方、完成の仕方まで、「依頼してよかった」と、好意を持たれる仕事の仕方をしなきゃいけないってことです。