Archive for 2015.11

良い夜。

2015.11.28

昨夜は広尾にあるKREIで安永哲郎さんと山本隆博さんのトークイベントを拝聴しに行きました。
 
聞き手である安永さんは子どもの創造性を育む環境と体感できるワークショップを運営するコクヨの方で、話し手である山本さんはシャープの公式ツイッターアカウントの人で大阪コピーライターズクラブ最高新人賞を獲得した話題の人達です。
 
僕もメーカーの広報を担当したことがあったため、まだマス広告を主にしている日本の社会で山本さんが会社での立ち位置をどう築いていったのか、そして、安永さんのハード(空間)とソフト(コンテンツ)づくりというとても現代的な立ち位置に興味があった。しかも、お二人とも老舗中の老舗に籍を置いているのだから、なおさら興味が湧いていた。
 
結論から話すと、めちゃくちゃ面白かったです! メインは山本さんのツイッター話が中心となりますが、公式アカウントとしてリスクを考えながら、親近感をいかに持たせるか。特に興味深かったのは、「弱い言葉でコミュニケーションをする」という話だった。
 
スマホを見ているときは、誰もが独りであり、朗らかだったり強気な気分というよりかは、コンチキショーだったり寂しさがあるかもしれない。実際に僕も、最高に気分が良い時にスマホを触っていないと思う。そんな時に見るもの触れるものだからこそ、「弱い言葉でコミュニケーションをする」ということに注意をしていることが、山本さんの優しさに触れた心地になった。途中、マス広告とSNSの関係性の大変さの話や、DJの話も交えつつ、真面目に、面白くの話で、あっという間に2時間近くのイベントは閉幕となったのでした。
 
そっと寄り添える、そんな言葉を話してみたいと思った夜でした。

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国民性。

2015.11.23

僕ら日本人というのは、疲れたがる国民性だろう。仕事を楽しみではなく、できるならやりたくないことにし、何でもかんでも気合いでカバーしては徹夜のような状況を当たり前としている。誰もが監視者として優位に立とうとし、批評や批判は当たり前としている。もしくは、誰かの中に自己の必要性を求め、強要する。
 
人は一人だ。一人で自分の足で立つことが自立だ。一人で立つことをして、自分の得意なこと、不得意なこと、必要なこと、不必要なことが見えてくる。そうして、自分にとって必要なのに、自分には力がないことをできる人同士が集まることが有効な組織作りになる。これは、組織とは言わず、人間関係だろう。人間関係の基本だ。
 
一生こんなことで苦しむのだろうかと疑問に思ったとき、「あなたは何でも出来すぎるのよ」と、昔に言われたことを思い出した。実際、有史以降に人間がやってきたことで同じ人類である自分に不可能なんてないとさえ信じている。背の高さや、100mを9秒で走ることの生理的なことで言えば不可能が出てくるが、人工的なことで言えば不可能はないと考えている。体が爆発したとしてもジェットエンジンをつけたら9秒の壁は超えられるだろうが、ボルト選手と同じように走ったら、負けてしまう。
 
この一年、考える速度が遅くなっていると感じているのだが、迷う時間が増えていることが明白だ。それとともに、体の不調が続いているのも同じだろう。いつの間にか、自分が人の足を引っ張るような人間にならないように気を引き締めなくちゃな。

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私と作品。

2015.11.22

ノムリュウこと野村隆介の文章を読んでいて、自分が忘れてしまったことを感じた。それは「自由」だ。僕ら藝術家は何を創ってもよいはずだった。社会的思想や政治的風刺が人間の魂に光を照らすことなどなく、本来あるべき姿とは、藝術家と作品が魂の全身全霊を持って、一つに集約された一枚に我々の魂は感応するのだった。
 
もっと自由に、私の魂は、私と作品のものなのだ。信じるんだ、私が私を。

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20151121

2015.11.21

見えなくなっていたんだ。
感動がなくなり、目がなくなり、味がなくなり、自分がもう自分にとって、藝術にとって不必要な存在になってしまっていたんだ。
 
見る力は失い、手の力も失った。
 
何もせずに、ただ。

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何度。

2015.11.20

あと何回、呼吸をするんだろうかと疑問に思った。何回、食べ物を食べ、何回、歩き、何回、喜び、何回、悲しみを抱くのだろうか。しかし、そんなことよりも、あと何回、作品を創れるのだろうか。自分の中の中心を見失い、葉や景色がそっぽを向き、目を開けてても意識が飛ぶ瞬間がある。
何度、堂々巡りをすれば気が済むのだろうか。進んでいるのか、力を失っているのか。そもそも、力をなくしていくことが進むことなのだろうか。

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改めて考えると。

2015.11.17

なぜ引っ越しをしたいのだろう、と改めて考えてみると、「広い部屋でデカい作品をつくりたい」という理由だった。そして、「出来た作品を額に入れて、壁に掛けたい」という理由もあり、「友達や仲間が作品を生で見れる場所をつくりたい」という理由もあった。お茶でも飲みながら、ゆっくりと流れる時間があってもいいだろう。散歩がてら、ギャラリーに行くようにフラッと立ち寄れる場所でもいいだろう。仕事の密談をする場所でもいいだろう。そんな、場所にしたいのだ。

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言い聞かす。

2015.11.15

作品が全然進んでいない。そもそも作りたいものは何だったのか。それすらわからなくなっているような気もしている。終いには手を動かすことにさえ恐れ抱くようになり、一歩を踏み出すことよりも、現状維持の言い訳を探すようになる。もはや、そんなものは現状維持でもなく、滞留し、淀み、濁っていくだけである。踏み出すのだ、一歩を。恐れるな。

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線引き。

2015.11.8

これからはじめようとすることを一つひとつ書き、関係のある事柄を線で繋いでいく。そのうちに、関係のある事柄が思い浮かぶと、それも書いては線で繋いでいく。
 
すると、関係なかったもの同士が、間接的に関係していたり、同じ方法でできそうだということに気がつく。一方で、「ここから先は、やりたくないな」ということも明確になってくるのだ。
 
あれもこれも手を出しているようで、実は同じようにできることを選んでいるだけなんだろうな。

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