Archive for 2019.3

撮影の仕事。

2019.3.7

もしかしたら、出張中なので更新できないかもなぁ、と思って、前倒しで書き始めました。
だから、内容はちょっとおぼろげです。
 
予定通りであれば、ぼくは今、撮影のために出張中です。
ま、撮影以外にも打ち合わせとか、ミーティングとか色々あるんですけどね。
今書きたいことが「撮影のこと」なので、「撮影のため」と書いちゃいました。
 
世の中には色々な撮影や写真家がいますが、ぼくはどちらかというと「重い写真」の部類に入ると思います。
撮影の仕事に入るときは、その事業の背景や、被写体の背景を知らないと撮りたくないし、これらを一枚の写真にも込めてしまう写真になります。
下手よりも上手い方がいいですが、技巧を凝らすというよりかは、素人のような素人じゃ撮れない写真を撮っています。
こういう撮影は楽しいんですよね。
心持ちの準備をするのが大事ってやつです。

花粉症で思う。

2019.3.6

まぁこの時期になると、持っている人は話題にしたがるものがあります。
「花粉症」です。
ご多分に漏れず、私もです。
今年は来るかもなぁ、と思っていたら、やっぱり去年よりも症状が出ている気がしています。
一年前の食事が影響しているようなね。
去年、花粉症の症状が少なかったのは、一昨年が自然栽培で自炊ってのが多かったわけです。
去年はちょっと、少なくなっちまったなぁ。
この影響が出ていますね。
ほんとにそうか?とも思っていますが。
 
「砂糖がよくない」「小麦がよくない」「あれやー、これやー」などと言われていますが、実際のところどうなんでしょ、とも思っています。
なる人はなるし、ならない人はならない。
そういうものと思っている方が、気が楽になることもあるよなぁ、と最近よく思います。
ちょっと卑怯な言い方をすると、持病持ちの自分だからそう思うのかもしれません。
赤ん坊が腎臓病になるなんて、誰が予想するかっての。
「イカはあまり食べさせるな」と言われてたことが、「実は食べさせた方がいい」とか、親からしたら「どっちやねん」ってなるだろ。
たらい回された挙句、案外、当事者は「どっちでもいい」と思っているんですよね。
「俺が食べたいものを食べるよ、俺の人生だから」とね。
 
うまくいったことの方が「運が良かった」としか言えなかったりもするもんだぜ。

「らしい」とは?

2019.3.5

「らしくない」ことが続いているような気がしている。
「らしくない」仕事の仕方をしていたり、「らしくない」関係性であったり、そういうことが続いているような気がしている。
こういうことを書くってことは、そもそも「らしい」ってなんだろうと考えるからだ。
まぁ、至極つまらない言い方をすれば、今までだったらしないことをしてみたり、何かを決めるときにも今までだったら選ばない方を選んだりしてみるってことだ。
そうやって、自他における「俺らしい」が出来上がる。
でもまてよ、子どもの頃の俺らしいと、今の俺らしいも同じなのだろうか。
何か俺足らしめる何かがあるのだろうか。
一応、「江口克」として存在しつづけて、連続して会う人たちによって、俺が江口克だということになっている。
戸籍上もそうだ。
だが、しかし、それが「俺らしい」を作っているかと聞かれたら、何か違う気もする。
格好だけを言えば、大学の頃から写真家一本だった頃までと、今の服装は違うところが多い。
少なくとも古着の柄シャツは着ていない。
中身を言えば、その頃の方が、平気で人を傷つけていた。
今は痛みがわかってしまったのと、傷つけた後のむかつきに飽きて、なるべく傷つけないようにしているだけかもしれない。
あ、これについては違うか。
傷つけないようにしたら、面倒臭さが増した。
うーん、「らしい」ってなんだろうね。

コラボだから言えること。

2019.3.4

デザインをするようになってから、頻繁に言うようになっていることがある。
「立派なことをやっているのではない。やりたいことをやっているだけでしょ?」
これは、依頼人の事業に対しても、言うようにしている。
自分の事業が社会貢献しているかどうかなんて、事業の結果をみた他人が言うことだ。
これに関係して、お店のコピーライティングとして最低なのは、「丁寧な仕事」と書いてしまうことだ。
お店のホームページや看板で「手間暇かけて丁寧に作りました」という文言をよく見かけるが、自分で自分を褒めているだけだ。
「丁寧な仕事してるね〜」と褒めるのは、他人だ。
そこで、依頼人である里山まるごとホテルが、東向島珈琲店とコラボしていて気づいたことがあった。
コラボ仕事のいいところは、相手を褒めちぎることができるんだ。
このコピーライティングを書いていて、ぼくは生まれてはじめて(な気がする)、「おいしい」という言葉を使った。
食べ物でこれ以上のコピーはないけれど、自分で言ったら馬鹿になることでも、「おいしくなきゃコラボしねーじゃん」という大前提によって、ぼくは他人として「おいしい」と東向島珈琲店のレアチーズケーキを褒めちぎることができている。
本来なら手練手管を労するところを、「めちゃうま!」としか言っていないことに気がついた。
コラボって、すげぇ。

仕事をすればするほど。

2019.3.3

何度か同じことを書いている気もするけれど、最善を尽くそうとすればするほど、最後は神頼みしかないと思うようになる。
月に一回、根津神社にお参りに行くのもそうだ。
単純に、根津神社でお祈りしているときが、気持ちいいというのもあるけれど、月の初めに「お願いします」と言いに行くのは、悪いことじゃないような気がしている。
デザイン経営やデザイン思考などと、あたかもデザインが万能薬のように語られるようになっているが、そんなもの詭弁だ。
どんな事業も、蓋を開けてみなければ、分からない。
黒字化してもなくなる事業はあるし、赤字でも続ける理由があれば続ける事業だってある。
誰もがハッピーになれる事業など存在しないが、それでも祈りの中では、依頼人の事業がすべての人を幸せにすることを願う。