Archive for 2018

たまたま売れるだけ。

2018.7.4

「にゃあ」と言うだけのモノを、つくりたくなってきた。
この十数年、意味のあるモノばかりをつくってきたせいか、無性に、意味のないモノをつくりたくなってきた。
昔、爆弾が爆発するアプリがあったが、それよりも意味がない方がいい。
「にゃあ」と言うだけだ。 
可愛いくもないが、可愛いかもしれない程度のイラストがあったら最高だ。
 
しかし、いかんせん、これで稼ぐ方法が見つからない。
セックス、お金、健康のどれかに、ヒトは無条件にお金を払う。
どれにも当てはまらない以上、稼ぐ方法を考えなきゃいけないようだが、「意味ないねー」と言われるモノに、ヒトがお金を払うことなんてあるのだろうか。
 
実は、今回の話のはじまりは、こういうところが出発点になっている。
「意味ないねー」と言われるモノにお金を払うのか?
「いや、ないだろう」と思うのだが、これがいくらかでも稼げたら、何でも稼げる気がするんだよね。
 
というのも、世の中に溢れているモノに意味があるかと問われたら、それほどの意味があるわけでもない。
元も子もない話ですが、その製品がなくなったら、別の製品を使うだけでしょう。
それにも関わらず、打合せや会議では、自分たちの製品がとても意味があって、大義があるように話されるわけです。
 
でも、「たまたま売れる」っていうこともありますからね。
もちろん、そこには「たまたま売れない」っていうこともあるわけですが、何かと理由をつけたがるのが、ヒトってもんです。
そんで、理由をつける理由が、打合せや会議で話すため、承認を得るためだけだったりするんですよね。
考えるのは必要なことだけれども、意味を大義にする必要はないのです。
 
「にゃあ」と言うだけのモノ、作りたいなー。
アプリなら「GIFアニメで動かして『にゃあ』と音を出す」、それだけでいいかもしれない。
もしかしたら、ヒトが「にゃあ」と言っている方が、おもろいかもな。

テンボウデッキ。

2018.7.3

恋人から誕生日にしたいことを聞かれたので、東京スカイツリーに初めて行ってきました。
観光名所なんだろうと思ってはいたけれど、行ってみると、海外のヒトの多いこと。
北は北海道、南は沖縄を、かるーく超えてますね。
スタッフも通訳しまくりなわけで、エレベーターに乗る前の説明などは、海外のヒトと一緒に英語を聞くことになります。
 
そこで発見。
展望台の翻訳って「テンボウデッキ」なんです。
急に日本語が混じるから、こちらもカタカナ英語のように思っちゃったよ。
 
ということは、海外には展望台がないのか?
いや、テレビ番組で、タレントが高層ビルの展望台に行ってたような。
調べてみると、いくつか英訳があることを知りました。
「なんだ英訳あるじゃーん」と思う一方、スタッフの話した「テンボウデッキ」が、耳に残っています。
しかも、悪い気はしてないのです。
 
カタカナ英語のように聞こえた、テンボウデッキ。
「テンボウ」は日本語だし、「デッキ」も日本語になっているから、完全な日本語です。
英語だと思って聞いていたら、完全に日本語話しているじゃん。
もしかしたら、新たな言葉が生まれる瞬間に、立ち会ったのかもしれませんねー。
 

煩悩を 消してくれる 書き心地

2018.7.2

煩悩を 消してくれる 書き心地
 
万年筆を正しく持って、文字を書いた心境です。
店頭で試し書きをしたときには、それほど感じなかったけれど、家に帰って、椅子に座っていつものように文字を書いたら、なんと書きやすいことか。
 
実は書き始める前、ぼくは少しイライラしていました。
ちょっとしたことが重なってしまい、鬱屈した状態だったのです。
それでも目の前には、せっかく買った万年筆が、箱の中で眠っている。
 
36歳で初めて手に入れた万年筆。
恋人から欲しいものを聞かれ、タイミングよく、パイロットさんの「キャップレス万年筆」の存在を耳にしたのが、ことのはじまり。
ペン先の太さが何種類もあることを知り、誕生日プレゼントで貰うからと、二度も店頭で試し書きをした万年筆。
試し書きをした紙を家に持ち帰って、太さを迷いに迷って決めた万年筆。
  
ようやく手に入れた万年筆を目の前に、何も書かないで一日を終えたら、鬱屈した気持ちがさらに深くなってしまう。
だから、ネガティブな気持ちで書き始めたのです。
 
そうしたら、「あれ? あれれ?」って、書くのが気持ちいいじゃないですか。
今までのイライラはどこへやら。
 
書き心地のなめらかさによって、鬱屈した気持ちがスーっと、消えていくのです。
書いてるのに、消えていく。
書くと消える。
不思議な心地です。
 
もしも、ヒトに渡す手紙を万年筆で書いたら、下心はなくなっちゃうかもしれませんね。
ストレス解消に、万年筆。
いまのところ、ぼくにはありですねー。
 

大人こそプラネタリウム。

2018.7.1

近所にあるプラネタリウムに、月に一回は訪れています。
ぼくも彼女も、もともと星が好きだったというのもあるけれど、度々訪れる理由は、それだけじゃないです。
 
ぶっちゃけ、スタッフの星の解説がいいんですよね〜。
星好きが伝わるけれど、押し付けがましくないのです。
真っ暗な中の星空にふさわしい、しっとりとした声質。
ちょっと賢さも交えながら、解説することを楽しんでいるような。
良い大人の話し方ってこうだよな〜、と思いたくなる話し方なんです。
 
しかも、解説スタッフみんなが。
解説するヒトによって特徴はあるけれど、それぞれが楽しんで解説しているだろうな、と微笑ましくなるのです。
この解説がプラネタリウムの前編。
 
最近では、プラネタリウムの後半にある映像のクオリティが上がっているのも、ぼくの好奇心をくすぐってくるのです。
半球体であるプラネタリウムを有効活用したつくりになっていて。
けっして、子供騙しではなくて、子どもを連れてくる大人も「おぉ、すげ〜」っと言葉が漏れちゃうような。
ぼくに息子や娘がいたら、理由をつけて、「プラネタリウム行こうぜ〜」と、誘っちゃうんだろうね。
大人こそ、行った方がいいプラネタリウムです。
 
大人も楽しめるじゃなくて、大人こそ行った方がいい。
こういう場所が増えると、コミュニティも活性化するのかもしれませんね〜。
 

言葉を扱うこと。

2018.6.30

文章を書くとき、道筋を立てて書き始めることもあれば、成り行き任せで書くときの二つがあるでしょう。
ヒトと話すときも同じです。
対談とかインタビューなんかでは、特に顕著に現れますよね。
 
道筋を立てた場合は、道筋通りになった話はつまらなくなります。
成り行き任せでも、子どものような、言いたくなったことだけを話すようでは、聴いてる方もつらくなってきます。
 
緊張するというヒトの場合は、特に前者が当てはまっていることが多い気がします。
怒りとか退屈になる話も、大体どちらかです。
 
話し手も聞き手も、面白くなるような話し方って、話す前に、ぼやーんと面白くなりそうだなぁ、と考えている程度でお互いが臨むと、面白くなることが多い気がしています。
 
面白くなりそうと思うってことは、相手のことを考えているわけです。
しかも、「ぼやーん」となんだから、話の道筋なんて舗装されていません。
この「どうなるかわからない感」と、この話の波を「乗りこなす力量」が、話を面白くするコツかもしれませんね。
 
うーん、疲れていると感じているときに書く文章も、どこか素っ気ない感じがするものですねー。