Archive for 2013.8

つづき(日曜のこと)

2013.8.21

当日になってちょっと時間が出来たので、入間川へ行ってみたら、若者達がキャンプをしていました。人がいない自然を求めたのですが、人がいました。しかも、キャーキャー、わーわーと騒いでいます。
 
何かね、始めのうちは「暑い中、2時間近くかけて来たっていうのに……」という気持ちもあったのですが、歩いている内に「まぁ、これもいいか」と思えてきました。ちょっと贅沢な散歩をしたと思えば、軽い運動にもなって、いいじゃないと。
 
そうじゃないと、後手に回っただけで苛立ちに支配されちゃいますからね~。

昨日のこと

2013.8.20

毎度のこと、「間に合わないかもしれない病」が始まりました。しかも、今回は海外着なので、税関やらなんやらをクリアーしなきゃねってことで、てんやわんやです。
 
みんな、どうやって海外に送ってんだ? しかも個人で。以前は、主催が日本にいたからその人に任せていたけれど、今回は全部こちら側がやんなきゃってことで、てんやわんやです(2度目)。
 
とりあえず、日曜日はどこのカスタマーセンターも閉じてるようなので(先日知った)、自然の中に入って丹田にエネルギーを取り入れようと思います。

つづく、、、

鰻と気配り

2013.8.18

どんな自信かはわかりませんが、「血圧」には自信がありました。正確には自惚れだったのですが、今朝、ちょっとだけ地元の市役所によっていたところからの話です。
 
パスポート更新のための必要書類を手に入れるために、市役所に行き、待ち時間中、自動血圧測定器で血圧を測ったところ……上が101。ん?低くね?そして、調べてみると、「低血圧=100未満」とあるじゃあないですか。
 
朝は強いし、実は夜も強く、夕方だけパワーダウン。じゃあ、どこに血圧が下がっている影響が出ていたかというと、先週、走り始めたら急に気持ち悪くなったことだろうか。
 
もしも、これが偶然下がったことじゃなかったら、血圧を上げるため、鰻を食べなければ(要は鰻が食べたいだけ)。
 
ただ、測定中に書類が出来たのに、血圧を測り終わるまで、呼ばずに待っていてくれた役所のアンちゃん、最高の気配り屋さんだぜ!

日本の性質

2013.8.17

ある有名カメラマンが、先日の「グルスキー展」を雑誌内で評していたのだけれども、気持ちの良いものではなかった。評価はしているものの、「アートとしての写真」やら「より高いアートの絵画に……(だったけか)」と、広告写真と一線を設けるような言い回しだったり、頻りに「アート」の枠に押し込めようとしているものだった。
 
「広告も出来るだろ?」、「広告としても力強いだろ?」と思い、些末な怒りともつかない呆れが生まれた。
 
性質を的確に伝えるために、イメージを加工する——至極当然なことだ。だから、僕達は広告でもレタッチをするし、アートでも一発で撮ったり、その逆も難なく遂行する。なぜなら、自分が見ているイメージを信じているからだ。
 
まだ、広告とアートを分けようとする日本の流れは変わっていないのだな。あと、25年、本当に闘い続けるのか。

返し下手

2013.8.17

ほめられることに慣れていないと、度々感じる。
 
賞賛されたり、頼りにされたりすることは多々あった方だと思う。それでも、誹謗中傷や、罵倒、非難、差別の方が多かったように思えてしまうのは、人間がネガティブな方に引っ張られる性質を持っているからだろう。いや、そうだとしても周りの人達を観察してみると「ほめられている」ときの返しが上手いというか、的確に返しているように感じる一方、僕は「ほめられる」と、どう反応していいのかわからないのだ。はにかんだり、困った顔になったり、「いいえ~」なんて受け答えてしまったり、あまり上手い返しは出来ていないだろう。
 
とはいえ、「恐縮です」とも返さないのは、事実だと感じているからだ。大したことでなかったら、「大したことではない」と感じているだろうし、大変であれば、「大変だったな〜」と感じる。それと同じように、出来たのなら、出来たことが事実なのだから、おおっぴらにする必要がないように、徒に謙遜する必要もないと思っているのだ。
 
そりゃあ、ほめられた返しが下手なのは、納得だな。とほほ。