Archive for 2011

更新

2011.5.21

「with 10 years」

午睡散歩の時間

2011.5.15

 お昼を食べてから判子の入稿を済ませ、散歩をしていた。1時間半ほどの散歩だったのだが、日吉に住んで6年、一度も歩いていない道を選んで歩いていたら、案の定、軽く迷った。帰る場所が何となくわかるという安心感もあるのだろうが、この迷うというのは心に新鮮味を与えてくれる。そして、穴場スポットを見つけた。高地と低地を結ぶ階段があったのだ。視界が抜けており、昼寝をするのにも充分なスペースが確保できる。けれども、寝ている横を通り過ぎる人には、毎度怪訝な表情を浮かべられるのは面白い…これが山だったら自然と挨拶をしてくるのだろう。今は風のせいで何かが軋んでいる音が鳴り続けているが、これも移ろいだ。世の中はあるものだけがあるにすぎないが、それがわかってもう何年経ったのかも既にわからないが、世の中にいるのも、知識があるのも、あるものだけが生まれていくのも、そろそろ飽きてきた。散歩途中にアイスを買って、照りつける太陽と風が吹く中、「ムシャムシャ、う〜ん、しあわせだなぁ」と思っていたとしても、飽きているのには変わらない。

「四季無常図」について

2011.5.11

資料「四季無常図」について

「やぁ」と「まぁ」

2011.5.7

雨。雨だ。曇りと言いながら完全に雨だ。カメラとPCとソフトを購入しようと思って色々と計算し、テストシュートなどしていてカメラが一番購入する必要がなく、今まで通り、借りたり、技術でカバーしたりでいいやという結果に。技術は翻弄されなければ裏切らないので良い。「一眼も中判(カメラ)も持っていない写真家ってどうなの?」と突っ込まれたりするけれど、まぁいいじゃないと。原板3GBの静止画って8GB〜10GBを制作中は超えて、PCに4GBしか乗らないんだもん。添付のソフトじゃ、背中から腕が生えて、その腕を打ち抜いたらパンって破裂して、飛び散った破片が種となって地面からドドドっと樹々とバシュバシュっと氷柱が駆け上がって生えて、太陽のコアまで伸びて刺さったら蟻んこが生まれて「やぁ」って言うのが作れないんだよ。作っているものは一端すぎて、時間なんて足りないけれど、まぁいいか。

人生のかなしみ

2011.5.7

年を重ねることとかなしみが積もることは正比例するのだろうか。喜びの裏にはかなしみがあるが、かなしみの裏に喜びはあるのだろうか。たとえ幸福があったとしても。雪のように降り積もり、いつか溶けるのではなく、巨大なクレバスとなり、我が身は徐々に凍り、寿命が尽きるまで降り積もる。