Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category

自転車とロケット。

2018.9.2

自転車も自動車もよくできている。
ここに冷蔵庫がついていたらどうだろうか。
そう考えても、やはりいらない機能なのだ。
自転車に乗っているときは自転車の機能で十分だし、自動車は自動車として便利になれば嬉しい限りだ。
 
何が言いたいかというと、世の中にある製品はこれと同じだ。
音楽を聴くアプリは音楽が聴きたいのであって、アプリからおすすめされた曲を購入したいわけではない。
店舗においても、なんでも揃う場所が適しているのか、専門分野に特化した場所が適しているのか、使い分けて考える必要がある。
企業はこれを忘れてしまう。
自転車が欲しい人に、ロケットを売ろうとしてしまうことが往々にしてある。
そして、なんでもあることが便利だと思いやすいことが、この種の危険を増やしてしまう。
迷う楽しみを与えるのか、迷う疲労を与えるのか、まったく違うんですよね。

デザイン経営について。

2018.8.31

省庁から「デザイン経営」について発表されたり、いろいろなところで「デザイン的な考え方」がもてはやされています。
こういうのって良い面もあれば、悪い面もあります。
仕事がしやすくなる反面、デザインが万能薬のような誤解を生みます。
ぼくも行く先々の依頼人から「デザインと経営」について質問をされますが、そもそも両者を分けて言っていることが間違いで、経営はデザインの要素があるものです。
これはすべてのことに言えます。
道路ひとつとっても、車線の幅や色や引き方、標識の絵柄や素材や角度、立てる位置ひとつとっても「立てる計画」があり、これらはデザインです。
縁石の素材や高さ、ガードレールの素材や形状や間隔はさることながら、留め具や留め方だってデザインです。
上記のことの根本には「どうしたら、誰もが健全かつ円滑に交通可能になるのか」という考えがあり、これはデザインそのものです。
つまり、デザインとはどこにでも存在しているものであり、効果的に機能しているかどうかなだけなのです。
「自社の欲望をなくして考えること」
これが一番のデザイン経営ではないでしょうか。

頼まれ仕事がなくなったら。

2018.8.27

ありがたいことに今は依頼がつづいてる状況だけれども、この先依頼がすべてなくなったとする。
そのときに何をするか。
技を磨いた方がいい。
これに尽きる。
もしも、営業活動が頭に浮かんだのなら、営業マンになった方がいい。
磨いた技は、これから出会う人を喜ばすことができる。
今、依頼人に喜んでもらっている能力のほとんどは、頼まれ仕事をしていなかった頃に磨いた技だ。

いまのかんがえ。

2018.8.26

価格で競わない。
スピードで競わない。
テクノロジーで競わない。
 
事業と社会の接点をすくい上げて、自然な形にする。
メゾンファッションならメゾンファッションにふさわしい接点と形があり、伝統文化にも、ITにも、スーパーマーケットのチラシにも、どんなものにも事業と社会の接点と自然に伝わる形がある。
 
作り手の個性なんかいらない。
やりたいことや好きなことを落としきっても感じてしまう特徴、これが個性。
 
やる気がないように見えるのは当たり前。
やりたいことも好きなこともやっていないのだから。
当たり前のことを当たり前のこととしてやっているだけ。
それでも美しいものを作りだせるのが、私たち専門家だ。
 
美味い料理を食べなければ舌が肥えないように、美しいものを見なければ目は肥えない。
 
目が肥えている目利きの能力がある依頼人は稀だ。
文化と経済、どちらを優先する?
美と金、どちらを優先する?
答えは「両方」だ。
 
依頼人を叱り、諭すのは当然だ。
目を肥やす機会を与えて、目利きにしているのだから。
目利きの能力に、作る能力を足して専門家になる。
目利きの能力は依頼人にも、専門家にも必須の能力だ。

写真もデザインもやる人たち。

2018.8.25

最近気づいたことですが、ぼくがデザインをやるようになったのって「下手なデザイナーに写真を扱わせるのが嫌だった」のかもしれないです。
独立してからというものの、自分が撮影できるスケジュールを立てられるので、撮影とデザインを兼任していますが、これって、エディ・スリマンさんや鈴木八郎さんが原点かもしれないと気づいたのでした。
 
最近、イブ・サンローラン氏のことを考える機会が多かった矢先、エディ氏のファッション復帰を知るわけです。
学生の頃にかじりついて見ていた「ファッション通信」というTV番組。
エディ氏の手がけたディオールオムが世界中を虜にし、ぼくも魅了された一人でした。
デヴィッド・ボウイやミック・ジャガーたち、スキニーなロックスターに影響を受けたエディ氏のつくる服は、ロックの危うさと頂点に立つ気風が立ち込めていました。
世界70億の人が入るスタジアムで満員のお客を前にしても「カッコイイ」と呼べるヒーロー。
こんなヒーローがロックスターだし、これほどまでに強力なのに、いつでもいなくなってしまうような危うい魅力。
 
そして、鈴木八郎さんも伝説的なアートディレクターです。
電通にいた頃にはフリーのように存在し、大御所のカメラマンに依頼したのに、自分で撮影しちゃって自分でデザイン組んでって、彼の話を聞くたびに、色々なしがらみを軽く飛び越えてしまうように聞こえます。
転がる石のようにどこにもとどまらず、でも石としての強さがあって。
 
彼らのことを考えていると、
「両方やっちまえ」
「いいもんをつくるんだろ」
「技術をつけちまえ」
そう言われているような気がするんです。
だから俺はもっと自由になるよ。