Archive for 2011.4

週間「with 10 years」

2011.4.23

週間でアップしていくのもアリですね。
「with 10 years」

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とてもプライベートな写真

2011.4.17

 「四季無常図」が落ち着いて、資料を書いているステージに入りながら、心身・環境ともに整理をしていると10年越えをしている品々がけっこうあることに気付き、あれよあれよと作品化した姿が見えた。朝の青白く頭の中をクリアにしてくれる寂光の中で、丁寧に撮りたいがために友人から一眼を借りて撮影。めちゃめちゃ格好良い作品。消え行く情景の光の中もいい。

 とりあえず1枚だけ先行して。

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私は写真家

2011.4.16

白盤の方に書きました。

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四季無常図について(草稿)

2011.4.9

 「行く河の・・・」と書いた鴨長明、「徒然なるままに・・・」と話した吉田兼好、次々と命が生まれては消えていく「古事記」、翳りという負の要素からプラスへと昇華させる日本人の特長を説いた「陰影礼賛」。旅や流転が内容に含まれていながら、その他の古典や近代書物を読んでも、いまいち釈然としなかったのには、無常観であるかどうかであった。無常感ではなく無常観であるということ、このことが重要であった。たかだか「感」と「観」という一文字の漢字の違いだけで、無常への態度が全く異なってくるのが、日本語の特徴である(もちろん先に出てきた「特長」も使い分けられるのも日本語の特徴である)。無常観に似た思想は他の国の思想や宗教、哲学、藝術など様々なジャンルにも出てくるし、日本の思想や特徴は源流を遡れば大陸思想に結びついたり、戦後以後の変革からは欧米の思想が混ざり、日本独自の本流というのは無いとも言える。しかし、思想ジャングルと化した現代世界において「美しい」と感じるものを受け取ると、そこに「日本」を見出してしまっていた。そして、見出した日本の匂いへの内省を進めると、必ず「無常観」という壁が現れるのだった。(つづく)

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2011.4.4

ちょっと変えました。

http://www.maroon.dti.ne.jp/sdc/html/shikimujyo/index.html

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しみじみ

2011.4.3

 今日はいくつかお誘い事があったが、全部キャンセルして(ごめんね)創作と英気を養っていた。作品は作者の鏡とはよく言うが、黒く、深く黒く、語らずに寄り添う部分になった。料理後、机の上が散らかっていたら純度の高いものは生まれないので、小物入れを1つにまとめ、友人の姉ちゃんの結婚式の時に、別の友人が作ってくれたブローチをグラスに差し、読書しながら昼寝。起床後、今までよりも丁寧に筋トレをし、現在に至る。これから肉を食う。考えながら動くのが最強なら、そうなるまでだ。刀を納める鞘が欲しいのなら、僕がそうなればいいし、研ぎ石が欲しいのならそうなればいい。2役でも3役でもなればいい、チームで動くときとそうでない時を使い分ければいいだけだ。けれど、これでまた独り身が長くなるなぁ。

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膜に包まれた狂気のような夢

2011.4.2

 人生初の食中毒になり、一度の食中毒でここまで体力が落ちるものなのかと驚いた。驚いたのはそれ以外にもあり、昨年は胃炎で寝込んだが、今年は楽しんでいなかったのだ。やばい状況に慣れてしまっているのか、生来のものなのかは知らないが、僕はやばい状況になると楽しんでしまう性質がある。しかし、今年は苦しみ、寝込み、点滴を打っている間も、どこかで雑念が入ってくるのだ。去年から今年にかけて何かを失ったのか(変わったのか)、それとも徐々に失っていった(変わっていった)ものがこの段階で気付くに至ったのか・・・。それは、寝込んでいる間に見た夢の中でも生じ、夢の中では嗅覚がほとんど機能しなかったはずが、充分に機能したのだった。そして、度々見る夢の内容も平和とは言い難い行いをする自分がおり、そこでも享受というものは何もないのだ。何かを失ったのか、感覚が変わったのか・・・。人生がただ哀しみを積み重ねるものだとしたら、「哀しみ=哀しみ」としてしか捉えられないのなら、そこに深みは出てこないのではないだろうか。

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