Archive for 2014

2014.3.9

ニコンから出ている「Df」を買いました。先日、ショールームで試してみたら、直感的なマニュアル機として使える。しかも、学生時代に使っていたFM3Aのレンズも使えそうだ。
 
それにしても、写真を始めたのがもう、10年以上も前になることに驚くんだな。そして、中判や4×5を使ったり、デジタル一眼、iPhoneを使ったとしても、結局は35mmのマニュアルが一番落ち着いちゃう。
 
ファインダーを覗いて、パシャパシャ撮っちゃう。この一連の「軽さ」が僕には合っているようだ。
 
漸く、電池の充電も終わり、これからセッティングして……やばい、興奮してきた。

2014.3.4

光の速度っていうのが、昔から大事にしてた。同じものをつくるのなら、早い方がいい。

しかしだ。密度がなくなれば、その速度で出来たものは薄っぺらになる。

昨年から、作品が遅作になっていることと関係しているんだろう。そして、もっと時間をかけていいと思っている。

2014.3.2

生きる速度が速いのだろうか、どこか本質的なものから外れているような気がしている。そう書いてみて、本質的とは何だろうか? という疑問が生まれた。

今、考えついたのは、「生きる理由」だ。

作品をつくり始めれば、邁進できるが、それは悲しみに目を背けてきたのかもしれない。いや、制作は悲しみがある。歓びとともに、悲しみがあったのだ。

ダ・ヴィンチも、ウィリアム・モリスも、怒りとともに悲しみを抱えていた。ヘンリー・ダーガーも同じだ。

「おかし」という言葉をもって、日本人は悲しみと折り合いをつけてきた。そこには愛があった。感動があった。

しかし、それでも悲しみが勝るのならば、人はなぜ、考える力を手に入れてしまったのだろうか。

2014.3.2

頭を解放することができないかと、最近は望むようになっている。重く、膜が張られたような痛みが続き、昨日、ヘッドスパに初めて行ってみた。効果は……眠くなった。そして、今日は9時間も寝てしまった。

眠りが一番、体力を回復できる。自然の中での眠りが。

2014.3.1

ろくな物を食べていないと、どうにも体がおかしいのだ。普段、食べ物に対して意識が低いにもかかわらず、体の不調とともに「人の温もりのする食べ物」を欲するようになる。いつも思うが、その直前までつくりつづけるんだろう。