Archive for 2014

2014.3.22

ダニー・ボイル監督の「トランス」を観た。
 
あらすじを読んだ時の予想通り、「オシャレな映画を作ったな」というのが正直な感想だ。そして、愚問だが、「なぜ、今更?」というのも感じた。「逆境を乗り越える」という、ボイル監督作に必ず現れるもの。今回は、逆境自身を利用してしまうとは。
 
記憶と同じように、人間の作用を、僕らは日常で使っている。趣味趣向だとか、何故かわからないが惹き寄せられるもの、そういった作用を利用することで、僕らの仕事は成り立っている。
 
しかしだ、この作用を信じないで仕事を行おうとすると、論理的な説明だけでお金を生み出そうとする。すると、思想が欠如した、残らないし、人の記憶にも残らないようなものが生まれることになる。
 
人間の作用を信じる——今の社会では難しいことかもしれないが、実はお金を生み出す方法だ。

2014.3.21

「LIFE」という映画を観に行った。
 
ラストシーンを見ていて、「死ぬのが恐い」と思った。「だから、一人で暮らすことを選んでいるのかもしれない」と思ったのだった。
 
生きる喜び、奇跡は自分が動いてこそ生まれるものだということを、表している映画だった。

2014.3.19

感謝ということの反対側に、苛立ちというのを置いてみる。すると、日常は、苛立ちの連続かもしれない、と思えてしまった。家を出る時に、ゴミ袋を持っている際に、ドアの鍵がかけにくいこと。わざわざゴミ袋をおくこと。
 
行動にまつわる様々なことに苛立ちを覚えることは出来るが、同じような自然さで、感謝を覚えることが出来るのだろうか。考えをもって、初めて覚えるような感情のように思えてしまうのだ。
 
わくわくすることも、自然と出来る。その感覚は、苛立ちと似ているのかもしれない。愛の感覚も似ている。けれども、感謝というのは、何故か、遠いような気がしている。

2014.3.19

感謝というのを、どれだけしているのだろうかと、昨日から考えだした。考えだすと見つかるし、普段のやりとりでも、「あざす」や「ありがとうございます」など、感謝の言葉を使うことが多い。
 
しかしだ。
 
「よりいいもののために」と、そうではないことは潰しにかかることの方が多く、日々はそのことの連続になっている。
 
そして、感謝について考えはじめると、まずはこのギャップが頭をよぎるのだ。人の言動に感謝をする一方、また別の言動を潰しにかかる。これを、ギャップといわずに何と呼ぼうか。

2014.3.15

笑顔が素敵な人と出会うと、その日一日が報われたような気持ちになる。それほどまでに、笑顔の力は凄まじいってことだ。