Archive for 2010

本当の挫折がチャンス

2010.9.10

 drunk afternoonの方で「諦める」ということに書かれていたので、僕も「諦める」ということについて書こうと思う。

 以前にも書いたと思われるが、「諦める」は、「諦観」という悟りの1つが語源らしい。そして、諦観は「明らかに真理を観ること」であり、入念に観察し、考えることであった。そして、悟り、世の中の事情にこだわらない態度でいられることとして、「あきらめて、超然となる」ということになる。最初の「明らかにー」が、「あきらめる」になったらしく疑わしいが、まぁ、言葉の響きはそんなものなのだろうなぁ。

 そして、大切になってくるのは諦めることが、他の可能性に気付くチャンスだということだ。現代的な意味での諦める状況というのは、何か挫折があったり、悪いことがあったり、後ろめたいことがあったりする場面と遭遇して生じるものだろう。しかし、先にも書いたが、「入念に観察し、考えて、悟りを開く」のだから、自ずと「何故、そのような状況になったのか」や「自分のどこが悪かったのか」など、環境と自己について考えることになるはずだ。つまり、「今回のような状況では悪い結果になったけれど、○○したら良い結果になるんじゃないか」や「自分はこういう人間なんだな(こういう性質を持っているんだな)」ということを考えつくチャンスなわけだ。

 ということは、本当に諦めて、挫折をしてしまったら、次に行こうと立ち上がることをするのだ。もしも、そのままずるずると進んでしまったのなら、それは本当にショックな出来事だったとは言えないのだろう。そして、どこかで「自分は悪くない」と思い、別の事に諦める理由をなすり付けていないだろうか。

 立ち上がった人間には、けっこう後ろめたい過去があるもんだ。けれども、その度合いが強過ぎたお蔭で(?)、こうして自分のやりたいことをやりながら、自分の役にも他人の役にも立つことができているのだ。

メンテナンス

2010.9.6

 「人生はあっという間なのだろうな」と、度々思う。今年で28歳になったのだが、実感としては「10歳」ぐらいだ。だから「子どもみたい」と言われると、「ふむふむ、利用しちゃおっかなぁ」なんて愚考が浮かぶのだが、「年寄りみたい」と言われると、「ふむふむ、う〜む」と梅干しの種を食べている時のような雰囲気になってしまう。

 しかし、このどちらも言われてしまい、大抵どちらも評価として言ってもらえることが多いのと、「人間はアンビヴァレンスな生き物だ」と思っているので深くは考えていないのだが、「実年齢っぽいです」と言われたことはほとんどない。

 そして考えてしまうのは、夭折していった人達のことだ。「彼らはいったい、いくつだったのだろうか」という、誰もわからないし、答えのないことを考えてしまう。そして、体の衰えだ。良い作品を作るためには、自ずとメンテナンスが大切になってくるし、体が眠くなったら眠ってしまうように体と精神は繋がっている。残酷にも作品は1つの答えを示すので、良い作品をつくるためには問いと向き合わなければならず、精神と肉体が整っていなければ立ち向かう事は出来ない。

web

2010.8.29

http://www.maroon.dti.ne.jp/eguchimasaru/html/

ちゃんと更新をしています。トップページの写真は、先日の墓参りの墓石から見上げた空です。「何気ない一コマ」とは写真を撮る人からよく言われる台詞ですが、たとえ「何気ない一コマ」だろうが、僕達はしっかりとレベルを高めて撮れる必要があると考えています。

そして白盤では、こういう使い方もありだな、と思っています。web先行発表や、惰性ではなく、しっかりとレベルを上げての過程を見せて行き、webならではの可能性を。

数字の話

2010.8.27

 最近は数字に関係することが度々ある。

 たとえば、先日の千住博さん本からの流れで村上春樹さんの『風の歌を聴け』を読んだことにも、数字関係は生じた。正直に告白すると、僕は村上春樹さんの小説を一冊も読んだ事がなかった。どこかで避けていたのかもしれないが、それ以上に、読むべき本がその時その時にあったのだ。

 そして、漸くにして村上春樹さんの小説を読むことになったのだが、「なるほど!」と唸ってしまった。そう、彼の文体や構成、そして文字から漂ってくる雰囲気、これらを1979年に書いたのだ。そうなると、言い方は悪いが売れている作家たちにも彼を真似ている(影響を受けているの範疇を超えている)人達がいるではないか、ということに気付くのだった。ぐいぐいと、僕は文字から漂ってくるビジュアルに引き込まれて行ったのだが、今日は数字の話なので、話を戻そう。

 僕は『風の歌を聴け』を文庫本で読んだのだが、この初版が、「1982年7月15日」なのだ。何て事はない数字だが、「1982」は僕の生まれた年、「7月15日」は僕のばあちゃんの誕生日のはずだ。ただこれだけの事なのだが、こういうことに避けたがい糸のようなものを感じるのだ。いつかは読むべき本だったのだろうと。

 もう1つは、今日、墓参りに行っていた時の話だ。いつものように、雑巾で墓石を拭いている時、両側面に文字が彫られていることに気付いたのだった。正確にいうと、彫られている文字が気になったのだった。右側には「江口政蔵、1969年3月12日にー」と彫られており、僕は初めて、祖父の名を知ったのだ。これも正確に言うと、初めて意識したのだ。「政蔵」という名だったのだ。そして、祖父の死後、十三回忌の時に僕が産まれたというわけだ。十二支が一回りして、魂がやってきたということにでもしとこうか。病気になっても、車に撥ねられても、山から落ちても、雪山で迷子になっても、雪国プレハブ小屋で夜を明かしても、台湾野宿で野犬に囲まれても、その他色々あっても大事に至らなかったのは、何かに守られているような気がしていたのだが、やはり祖父やご先祖やその他のパワーが守ってくれていると思えっても良いのではないだろうか。

 ここでも墓参りのことを度々あげていたりするので、僕はけっこう行っているように思われるかもしれないが、少し、横着しているところもある。僕の周りでは色々な人が亡くなり、(物理的な意味で)場所も無くなっていった。その人達、場所達を総じて、先祖のお墓に参っている節がなくもないのだ(全部には行けないので)。異なるお墓の時もあるが、参る時にはいつも同じ事を思うのだ。「失ってからは何も言えない」と。コミュニケーションのためのコミュニケーションは必要がないと今も考えているが、「あの時、何か一言でも言えていたら、あの人は、あの場所は今も生きていたのでは」と悔やむことがある。しかし、同時に、「やりたいことを一生懸命やり通す」という生き方になっていったのは、失ったものの数と比例している。迷った時に現れるのは、いつも彼らであり、僕の背中を押してくれる。そして、死は他人事なのだ。当事者達と話をすることはなく、他者の頭の中にだけ、現れるのだ。しかし、その強さは大きい。

drunk afternoon その2

2010.8.23

http://www.drunkafternoon.com/

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