Archive for the ‘ビジネスの健康’ Category
なんか運がいいデザイン事務所。
2019.6.3
人を仲介して紹介されるとき、紹介者がぼくのことを紹介するときの言葉。
「なんか、すごいんです」
相手は目をキョトンとし、当のぼくも苦笑い。
んで、「どんだけすごいねん」とハードル高くなるし。
だが、こういう紹介のされ方はかなり多い。
なので、うちの事務所のことを一言で表すキャッチコピーないかなぁ、と考えてみたが、なかなか見つからないことに気がついた。
ブランディングという言葉が流行りだした頃は、ぼくもこの単語を使っていたから「ブランディングのプロです」が分かりやすい紹介文だった。
けれど、「ブランディングって、デザインの意味を知っていれば当たり前のことで、むしろ売れないコンサルとデザイナーのためにある言葉です」とぼく自身が言ってしまうので、紹介者が困っている状況を作り出しているわけだ(ちなみにUXもそう)。
少なくとも、自分自身としてはクライアントのことを自分ごととして考えて、四六時中仕事をしているだけで、そんな人は世の中にごまんと居ると思っている。
だから、自分が関わった案件がうまくいった理由を聞かれても「最終的には、運がよかった」と言っている。
そう、一言で表すなら、「なんか運がいいデザイン事務所」なのだ。
クライアントとの巡り合わせも、案件の結果も、運としか言えない部分はかなりある。
自分がロクでもない人間だということは、自分自身がよく知っている。
付き合いは確実に悪い方だし。
謙遜を差し引いても、こんな貧弱な人間が、よく今の今まで生きてこれたものだと常々思う。
やってきたことといえば、毎日仕事をして、クライアントを守れるように技術を研鑽していますが、そういう仕事人間のことを寒い奴っていうのが、最近の日本だもんなぁ。
だから、最近の流行りとも合っていないことはわかっている。
うーん、やっぱり、運がいいとしか言いようがないんだよなぁ。
人を仲介して紹介されるとき、紹介者がぼくのことを紹介するときの言葉。
「なんか、すごいんです」
相手は目をキョトンとし、当のぼくも苦笑い。
んで、「どんだけすごいねん」とハードル高くなるし。
だが、こういう紹介のされ方はかなり多い。
なので、うちの事務所のことを一言で表すキャッチコピーないかなぁ、と考えてみたが、なかなか見つからないことに気がついた。
ブランディングという言葉が流行りだした頃は、ぼくもこの単語を使っていたから「ブランディングのプロです」が分かりやすい紹介文だった。
けれど、「ブランディングって、デザインの意味を知っていれば当たり前のことで、むしろ売れないコンサルとデザイナーのためにある言葉です」とぼく自身が言ってしまうので、紹介者が困っている状況を作り出しているわけだ(ちなみにUXもそう)。
少なくとも、自分自身としてはクライアントのことを自分ごととして考えて、四六時中仕事をしているだけで、そんな人は世の中にごまんと居ると思っている。
だから、自分が関わった案件がうまくいった理由を聞かれても「最終的には、運がよかった」と言っている。
そう、一言で表すなら、「なんか運がいいデザイン事務所」なのだ。
クライアントとの巡り合わせも、案件の結果も、運としか言えない部分はかなりある。
自分がロクでもない人間だということは、自分自身がよく知っている。
付き合いは確実に悪い方だし。
謙遜を差し引いても、こんな貧弱な人間が、よく今の今まで生きてこれたものだと常々思う。
やってきたことといえば、毎日仕事をして、クライアントを守れるように技術を研鑽していますが、そういう仕事人間のことを寒い奴っていうのが、最近の日本だもんなぁ。
だから、最近の流行りとも合っていないことはわかっている。
うーん、やっぱり、運がいいとしか言いようがないんだよなぁ。
写真だけ。パート10。 2019.6.2
「しょうがない」と言う。
2019.6.1
今月の中頃から、朝の空えずきが止まっている。
やり始めたことと言えば、トリガーポイント専門の鍼灸院に通うことだ。
トリガーポイントとは、体の不調の引き金になる部分のことで、自分で触るとコリがあるのが分かる。
このコリに鍼を刺すと、めちゃ痛い。
ジャンプサインといって、鍼を刺された瞬間、反射的に体がビクンッと動く。
だから、痛がっていないフリをしても、エセ我慢なのは担当者にバレている。
再発するギックリ腰と腰痛のために行ってみたが、思わぬ効果があるのかもしれない。
こういう治療院やマッサージ屋は色々試しているが、初めて言われたことがある。
「しょうがない」
こういう場所に行くと、大抵、普段の姿勢や仕事の姿勢を気をつけたり、自助努力をすることを推奨される。
だから、「気をつけなきゃだめっすよ〜」と言われるのが、ほとんどだ。
「ストレッチ、やんなきゃだめっすよ〜」も同じ仲間だ。
しかし、この鍼灸院の僕を診てくれている担当者は、なぜかそれを言わない。
むしろ、僕の方が訝しんで「注意しなきゃいけないっすよね?」と尋ねるぐらい。
すると、「仕事に集中していたら、しょうがないですよ」と返事をされる。
こういう部分が「ぼくと合っているのだな」と気がついた。
僕自身も、依頼人に何かあったのを聞いたとき、「しょうがない」と思ったら、「しょうがない」と言うように努めている。
おそらく、ぼくの依頼人なら「まぁ、しょうがないっすね」という言葉は一度ならず、何度か聞いたことがあるのではないだろうか。
契約がうまくいかなかった、リリースが遅れた、などの報告をされるとき、必ずこの言葉を言っているはずだ。
こういうときに気をつけているのは、ここでぼくが正論を言っても、相手を追い詰めるだけだ。
何かあったということは、相手はすでに傷ついている。
立ち直る前に、追い詰める必要はないと思っている。
とかく、自分がその分野に長けていると、相手を追い詰めがちになる。
まずは「そういうもん」として現状を受け止めてから、次の一手を少しずつ紐解いていけばいい。
うまいもんを食べて、風呂にゆっくり浸かって、ぐっすり眠ってから、考えればいいことはかなり多い。
「どっちでもいい」と「しょうがない」は、かなり言っている。
今月の中頃から、朝の空えずきが止まっている。
やり始めたことと言えば、トリガーポイント専門の鍼灸院に通うことだ。
トリガーポイントとは、体の不調の引き金になる部分のことで、自分で触るとコリがあるのが分かる。
このコリに鍼を刺すと、めちゃ痛い。
ジャンプサインといって、鍼を刺された瞬間、反射的に体がビクンッと動く。
だから、痛がっていないフリをしても、エセ我慢なのは担当者にバレている。
再発するギックリ腰と腰痛のために行ってみたが、思わぬ効果があるのかもしれない。
こういう治療院やマッサージ屋は色々試しているが、初めて言われたことがある。
「しょうがない」
こういう場所に行くと、大抵、普段の姿勢や仕事の姿勢を気をつけたり、自助努力をすることを推奨される。
だから、「気をつけなきゃだめっすよ〜」と言われるのが、ほとんどだ。
「ストレッチ、やんなきゃだめっすよ〜」も同じ仲間だ。
しかし、この鍼灸院の僕を診てくれている担当者は、なぜかそれを言わない。
むしろ、僕の方が訝しんで「注意しなきゃいけないっすよね?」と尋ねるぐらい。
すると、「仕事に集中していたら、しょうがないですよ」と返事をされる。
こういう部分が「ぼくと合っているのだな」と気がついた。
僕自身も、依頼人に何かあったのを聞いたとき、「しょうがない」と思ったら、「しょうがない」と言うように努めている。
おそらく、ぼくの依頼人なら「まぁ、しょうがないっすね」という言葉は一度ならず、何度か聞いたことがあるのではないだろうか。
契約がうまくいかなかった、リリースが遅れた、などの報告をされるとき、必ずこの言葉を言っているはずだ。
こういうときに気をつけているのは、ここでぼくが正論を言っても、相手を追い詰めるだけだ。
何かあったということは、相手はすでに傷ついている。
立ち直る前に、追い詰める必要はないと思っている。
とかく、自分がその分野に長けていると、相手を追い詰めがちになる。
まずは「そういうもん」として現状を受け止めてから、次の一手を少しずつ紐解いていけばいい。
うまいもんを食べて、風呂にゆっくり浸かって、ぐっすり眠ってから、考えればいいことはかなり多い。
「どっちでもいい」と「しょうがない」は、かなり言っている。
力を入れた方がいいところに力を入れる。
2019.5.31
「デザインに力を入れた(お金を掛けた)方がいいのか」という相談をよくいただく。
この場合で聞かれるデザインは、主にグラフィックやwebのことだ。
たとえば、ぼくは耳鼻科と鍼灸院と矯正歯科に通っている。
耳鼻科には鼻炎の処方箋を貰いに行き、鍼灸院と矯正歯科は仕事と生活に支障がない体作りのために通っている。
これだけでも、デザイン投資をする部分が異なることが分かる。
耳鼻科の場合は、家や職場の近所にある方が良く、この要素は事業者側がコントロールできない(しにくい)部分だ。
だから、「行きやすい」という理由で、選択されやすくなる。
花粉症シーズンのときの混雑、シーズンオフのときの閑散とした待合室を見ればよく分かる。
その場合、webやグラフィックに投資をするのは無駄になりやすい。
それよりも、配達・出張・ビデオ通話による診断があったり、駐輪場を広くしたり、トイレを使いやすくしておくことに投資をした方がいい。
もちろん、これらも仕組みを変えるデザインだったり、空間デザインだから、デザインの範疇と言えばそうなる。
もしも、お客とのコミュニケーションがずさんだと口コミがあれば、コーチングやマナー講座などのコミュニケーションデザインに力を入れる。
なので、問題は後者だ。
鍼灸院や矯正歯科の選び方は、不調をどうやって改善できるのかお客は神経質になっている点、そして、そのための費用が決して安くはない点から、競合と比較される。
しかし、お客が望んでいる治療のゴールは似通っている。
「1:問題がなくなること」、「2:問題が起きたときに相談できるパートナーであること」などだ。
その場合、治療内容、治療にかかる費用、設備、コミュニケーションが同程度の医院が並べば、グラフィックやwebなどの佇まいが優れている方を、人は選びやすい。
これは提示された内容に対して、安心感を得やすいからだ。
これは口コミでの評価も同じだ。
では、佇まいが優れているとは、どういうことか。
派手でもなく、高飛車でもなく、価格に安心感を与えるものだ。
だから、100円のボールペンが10,000円の佇まいをしていると、どうしても偽物感が漂う。
こういうことを人は瞬時に察知する。
しかし、あれこれ考えさせると人は間違う。
だから、POPや広告などで情報を与えまくってミスリードを引き起こそうとする。
ぼくはこういう仕事は引き受けない。
引き受けたくないというのは、独立した理由のひとつだ。
話を戻すと、佇まいが優れていると、価格と内容が合っている、つまり、本質的で、本物であると感じる。
そうすると、人は近所になくても、通ってくれる。
この作用を利用して、中身が伴わないまま、デザインに力を入れている事業者がいるが、口コミが当たり前になった今、このやり方はむしろ逆効果になっている。
だから、内容が優れているところが佇まいを整えることが、現代では必要なことだ。
裏を返せば、内容で勝負できるところが佇まいを整えないと、お客は不安になるということだ。
実際、ぼくは鍼灸院と矯正歯科は電車やバスで通っている。
二つともデザインが優れていなかったので、めちゃくちゃ不安だった。
決め手は、鍼灸院の方は競合の治療期間が長すぎたことであり、消去法で決めた。
矯正歯科の方は、ぼくの症状についてカウンセリングできた点であり、院長のスキルが群を抜いていたと思えた点だ。
それでも、何かがあると、「大丈夫かな」という疑念が湧く。
特に健康=均整のとれた体=美的価値に関わり、「健康と美」はいまや切っても切れない関係であり、健康とはライフスタイルや生き様、哲学にも左右してくるものになっている。
そのため、問題がないときは他の決め手の部分で不安は抱かないが、ちょっとでも問題を感じると、大きな不安感(不満感)を持ちやすくなる。
佇まいが優れないとは、こういうことだ。
話が長くなってしまったが、だから、お客が選択するときの状況や状態で、力を入れた方がいいデザインは変わってくる。
これは、商品でもサービスでも同じだ。
力を入れる箇所を間違えている店舗は多いと、つねづね感じる。
「デザインに力を入れた(お金を掛けた)方がいいのか」という相談をよくいただく。
この場合で聞かれるデザインは、主にグラフィックやwebのことだ。
たとえば、ぼくは耳鼻科と鍼灸院と矯正歯科に通っている。
耳鼻科には鼻炎の処方箋を貰いに行き、鍼灸院と矯正歯科は仕事と生活に支障がない体作りのために通っている。
これだけでも、デザイン投資をする部分が異なることが分かる。
耳鼻科の場合は、家や職場の近所にある方が良く、この要素は事業者側がコントロールできない(しにくい)部分だ。
だから、「行きやすい」という理由で、選択されやすくなる。
花粉症シーズンのときの混雑、シーズンオフのときの閑散とした待合室を見ればよく分かる。
その場合、webやグラフィックに投資をするのは無駄になりやすい。
それよりも、配達・出張・ビデオ通話による診断があったり、駐輪場を広くしたり、トイレを使いやすくしておくことに投資をした方がいい。
もちろん、これらも仕組みを変えるデザインだったり、空間デザインだから、デザインの範疇と言えばそうなる。
もしも、お客とのコミュニケーションがずさんだと口コミがあれば、コーチングやマナー講座などのコミュニケーションデザインに力を入れる。
なので、問題は後者だ。
鍼灸院や矯正歯科の選び方は、不調をどうやって改善できるのかお客は神経質になっている点、そして、そのための費用が決して安くはない点から、競合と比較される。
しかし、お客が望んでいる治療のゴールは似通っている。
「1:問題がなくなること」、「2:問題が起きたときに相談できるパートナーであること」などだ。
その場合、治療内容、治療にかかる費用、設備、コミュニケーションが同程度の医院が並べば、グラフィックやwebなどの佇まいが優れている方を、人は選びやすい。
これは提示された内容に対して、安心感を得やすいからだ。
これは口コミでの評価も同じだ。
では、佇まいが優れているとは、どういうことか。
派手でもなく、高飛車でもなく、価格に安心感を与えるものだ。
だから、100円のボールペンが10,000円の佇まいをしていると、どうしても偽物感が漂う。
こういうことを人は瞬時に察知する。
しかし、あれこれ考えさせると人は間違う。
だから、POPや広告などで情報を与えまくってミスリードを引き起こそうとする。
ぼくはこういう仕事は引き受けない。
引き受けたくないというのは、独立した理由のひとつだ。
話を戻すと、佇まいが優れていると、価格と内容が合っている、つまり、本質的で、本物であると感じる。
そうすると、人は近所になくても、通ってくれる。
この作用を利用して、中身が伴わないまま、デザインに力を入れている事業者がいるが、口コミが当たり前になった今、このやり方はむしろ逆効果になっている。
だから、内容が優れているところが佇まいを整えることが、現代では必要なことだ。
裏を返せば、内容で勝負できるところが佇まいを整えないと、お客は不安になるということだ。
実際、ぼくは鍼灸院と矯正歯科は電車やバスで通っている。
二つともデザインが優れていなかったので、めちゃくちゃ不安だった。
決め手は、鍼灸院の方は競合の治療期間が長すぎたことであり、消去法で決めた。
矯正歯科の方は、ぼくの症状についてカウンセリングできた点であり、院長のスキルが群を抜いていたと思えた点だ。
それでも、何かがあると、「大丈夫かな」という疑念が湧く。
特に健康=均整のとれた体=美的価値に関わり、「健康と美」はいまや切っても切れない関係であり、健康とはライフスタイルや生き様、哲学にも左右してくるものになっている。
そのため、問題がないときは他の決め手の部分で不安は抱かないが、ちょっとでも問題を感じると、大きな不安感(不満感)を持ちやすくなる。
佇まいが優れないとは、こういうことだ。
話が長くなってしまったが、だから、お客が選択するときの状況や状態で、力を入れた方がいいデザインは変わってくる。
これは、商品でもサービスでも同じだ。
力を入れる箇所を間違えている店舗は多いと、つねづね感じる。

