Archive for 2011.4

しみじみ

2011.4.3

 今日はいくつかお誘い事があったが、全部キャンセルして(ごめんね)創作と英気を養っていた。作品は作者の鏡とはよく言うが、黒く、深く黒く、語らずに寄り添う部分になった。料理後、机の上が散らかっていたら純度の高いものは生まれないので、小物入れを1つにまとめ、友人の姉ちゃんの結婚式の時に、別の友人が作ってくれたブローチをグラスに差し、読書しながら昼寝。起床後、今までよりも丁寧に筋トレをし、現在に至る。これから肉を食う。考えながら動くのが最強なら、そうなるまでだ。刀を納める鞘が欲しいのなら、僕がそうなればいいし、研ぎ石が欲しいのならそうなればいい。2役でも3役でもなればいい、チームで動くときとそうでない時を使い分ければいいだけだ。けれど、これでまた独り身が長くなるなぁ。

膜に包まれた狂気のような夢

2011.4.2

 人生初の食中毒になり、一度の食中毒でここまで体力が落ちるものなのかと驚いた。驚いたのはそれ以外にもあり、昨年は胃炎で寝込んだが、今年は楽しんでいなかったのだ。やばい状況に慣れてしまっているのか、生来のものなのかは知らないが、僕はやばい状況になると楽しんでしまう性質がある。しかし、今年は苦しみ、寝込み、点滴を打っている間も、どこかで雑念が入ってくるのだ。去年から今年にかけて何かを失ったのか(変わったのか)、それとも徐々に失っていった(変わっていった)ものがこの段階で気付くに至ったのか・・・。それは、寝込んでいる間に見た夢の中でも生じ、夢の中では嗅覚がほとんど機能しなかったはずが、充分に機能したのだった。そして、度々見る夢の内容も平和とは言い難い行いをする自分がおり、そこでも享受というものは何もないのだ。何かを失ったのか、感覚が変わったのか・・・。人生がただ哀しみを積み重ねるものだとしたら、「哀しみ=哀しみ」としてしか捉えられないのなら、そこに深みは出てこないのではないだろうか。