Archive for 2011

影響を受けた人

2011.10.30

「影響を受けた人」を挙げなければならないとき、必ずと言っていいほど言いそびれている人達がいる。その人達は毎回異なるので、話しが終った後に思い出すと少なからず後悔が生じる。しかも、その話がメディアに載ってしまう場合、挙がった人達のことは僕の作家としての背景と認知されて、僕が挙げることを忘れてしまった人達のことは認知されないということが起きるので、「ごめんね」という気持ちを少々抱く。

トークショーのお知らせ

2011.10.21

22日(土)17:00から伊藤俊治さんを交えてのMP1トークショーが、新・港村(スペースDのカフェ周辺)で催されます。藝術の秋、観る・体感するだけではなく、聞くことも楽しんでいただけたら幸いです。

意志からケアへ

2011.10.17

ロゴやVIに関わることを制作するとき、対象が出発点に立つまでの意志が重要になる。その意志の部分を知ることが出来れば、残るは出発点からスタートするときにベストコンディションになるようにケアするだけだ。しかし、ケアを間違えれば、この先のマラソンを走り切ることは難しくなってしまう。

タイムマシーンの現在

2011.10.16

 母校の写真学校で作業と大判出力。卒業してから何年になるのだろうか? けれども、卒業してからの方が職員や先生方の対応が柔らかい(そりゃそうだ)。いつの間にか宣伝してくれていたり、話し方が柔らかくなっていたり…僕は「何故、あんなに尖っていたのだろう?」と疑問に思うような学生だったと思う。その尖り方は若ければ若い程、鋭かったように思われる。
 
 仮にタイムマシーンが完成して、過去の自分と会えるとしたら、僕はその少年を抱きしめて謝りたい。「辛い生き方をさせてしまってゴメン」と伝えたい。「人は人を憎む必要がない」ということを知らせたい。そんな当り前のことに気付くのに20年以上を費やし、それまでの間、多くの人達から多くのものを奪い、結果、自らへの憎しみを膨らませてきた。そんな生き方を選んだのは自分であるが、そんな必要がないことを早いうちから気付かせたあげたかった。

夜の出来事

2011.10.10

 銀座で呑んでいて、終電間際を走り込みギリギリセーフを狙ったら財布を落としたことに駅で気付き、全てを諦めた。「まぁ、しゃあないか」と面倒臭さ混じりに交番に行き、紛失届を書いたら、「じゃあ、次は受け取りのサインをね」と言う警官。「?」ときょとんとしていると財布を持って現れるじゃありませんか!? あまりの叫びっぷりに警官も驚き、呆れ顔だが、拾って下さった人はお礼をいらないとのこと。こういう時って本当に何も教えてくれない…しかーし、お礼をしたいじゃあありませんか!? とりあえず、「他人に優しくすること」が、いつの日にか拾ってくれた人へと循環するだろうと思ったのだった。
 
 一日休んで(5年振りぐらいに漫画喫茶に泊まったら、身体が痛い…)、浅草へ。誘われた加藤さんはいないけれど、別の加藤くん(だいちゃん)と久し振りに遭遇。別れた後に、別件で打ち合わせがてらの呑み。屋台で話をしていたのだが、こっちの話の内容が隣客にも移り、話の種類が伝染していくのは面白かった。このまま店中に伝染していき、客の全てが話を共有出来たら、平和なんじゃないかと夜の浅草で思っていた。