Archive for 2009.12

言葉遊びじゃなくて、今、やることが重要なんだよ

2009.12.15

 「やりたいことがない」と話す人と出会うことがある。大抵、その人というのは時流に乗った物品を買ったり、明日の生活のためにお金を稼いでいる人であったりするが、「明日、生きていること」を誰が約束してくれているというのだろうか。

 つまり、こういうことだ。

 「明日、死ぬとしたら、君は何がしたい?」

 ここで、お金や規模のことを考えてしまう場合は、この質問の意図がわかっていない。一日なんてたかがしれているのだから、自ずと「やりたいこと」は単純になってくる。「作品をつくりたい」というのであれば、作ればいいし、「家族と過ごしたい」というのであれば、家族と過ごせばいいし、「誰かに謝りたい(お礼を言いたい)」のであれば、その人に会いに行けばいいだけの話だ。

 その考え方を理解し始めると、「今日、死ぬとしたら、何がしたい?」ということを考えられるようになり、その内に、「今、死んでも満足がいく人生だ」という生き方が出来るようになってくる。そのような生き方が出来ている人ほど、精神的に強いと言われているし、幸せそうな表情を見せてくれる。

 何故、このようなことを話したかというと、「やりたいことがない」と話してくれる人は大抵、「精神的に強い人」に少なからずの憧れを持っていたり、「幸せになりたい」と思っていたりするからであり、そう思うのならば、上記のような問いについて考えてみるといいんじゃない? そして、実践してみればいいんじゃない? ということだ。「やりたいことを本当に実践する」ということが重要なんだよ。

もっとシンプルに生きれば良いんじゃないの?

2009.12.9

 一段落着きそうな予感。今、創作している作品の確認をしていたら、先日まで来客たちに見てもらっていたものとはあからさまに変化してしまった感が否めないが、濃縮されたようなので結果オーライ。

 最近、色々な人達が変化をしようとしていたり、迷っていたりしているようなのだが、僕はいつも同じようなことを言っている。

 「アルバイトや派遣社員だったら、君に何かあっても雇い主は何も保障してくれない。君が正社員だとしても、君がいなくてもその会社は動いていくし、その会社がなくなっても社会は動いていく。社会や社会を構成している人類がいなくても地球は動いていくし、地球がなくても宇宙は動いていく。宇宙がなくなったらそれでおしまいか、再び最初から始まるかのどちらかだろう。そのくらいの規模で考えれば、君が生きていようが死んでいようが、あまり差異のないことなんだ。だから、自分に正直に、本当にやりたいことをやってみてはどうだろうか。つまらないしがらみのために取り繕って、不幸そうな顔で他人に愚痴をもらしていることよりも、正直に生きていく方がよっぽど君は幸せになるんじゃないのか? 君は本当は何をやりたいんだ?」

 これは、幸せが外からやってくるものだと思っている人にも、似たようなことを言っている。

光学装置の記憶

2009.12.6

 portfolioを更新してもらいました。

 「光学装置の記憶」シリーズは、「シリーズものなの?」や「展示したっけ?」と質問されそうですが、名刺やブックなどで見たことがある人達がけっこういるということと、今の作品やこれまでの流れを話す時にどうしても避けては通れない作品となったので、これを機会にweb発表に力を入れてみようと思って、載せてもらいました。なので、「○○○○(部分)」として部分を見せながら、全体像とは違ったフォルムや比率でも見せて、違う視点を体験してもらっています。

 けれど不思議なのは、全体像を知っているということもあって、部分で見ても全く違う1枚のように見えないことが、「タイトルの付け方を間違っていなかった」と思えたりと内心ホッとしています。

 documentの資料ともども御高覧のほどよろしくお願い申し上げます。

 エグチマサル