Archive for 2009

I am a bird – man ?

2009.3.27

鳩のキャンドル置きをいただきました。

おそらく使う前にキャンドルが落ちないようにテープが貼ってあり、使うためにはこのテープを剥がさなければならない。
しかし、配色的にこのテープがあった方がいいので、一生、未使用になります。
ごめんね。

鳥といえば、こういう置物系やハガキなどをいただくときは何故か鳥が多い。
「あなたっぽいから」という理由が多いが、そうなのか?
ガッチャマンに憧れていたのを知っているのか?

とにかく、自分が意図しないところで鳥が多い。

話は変わり、昨日、『drunker×2』が一段落したので、その確認工程に入りました。
実は僕が関わる作品では、この「確認工程」に一番神経を使っている(のかもしれない)。
微妙に手を加えたり、「嫌味がでないか」など、かなりの考えが僕を巡る。
快刀乱麻とは程遠いが、袋小路のような迷路を一歩ずつ着実に進んでいくような神経の使い方が必要となる。

今となっては、門外漢、業界、両方の方々を考慮して活動が進んでいくが、作品を前に創作をしているときは、「作品が何を必要としているのか」に耳を傾けることを一貫して通しているつもりだ。
けれども、この「○○しているつもりだ」という姿勢は、そうではない方向に傾いている時になかなか気付けなくなることもあるので、気をつけなければならないと、肝に銘じている(これもそうなのだが)。

ユダ

2009.3.26

漸く、『drunker×2』が一段落。

結構かかったな、というのが第一印象。しかも格段に良くなり始めたのが先月あたりからだったので、かなりかかったように思える。

ユダ。人名を超えて裏切りの代名詞としても使われる言葉だ。

そんなものばかりが目につき、疲れ、憔悴しきったところで創作に至った『止揚と共生』があり、この中では、むしろこれ以降では、誰の中にでもユダがいることを認めながら、嘘をつかずに自分だけは商品ではなく作品を創りたいと潔癖に向かった。

ユダ、それは誰の中にでも存在して、それに染まる前に律するかが必要となる。

創るべきものを創るのではなくて、生活のためにお金を稼ぐようになるのなら、病気に殺される前に死にたいものだ。

しかし、無常にも人間は、想いにすら裏切りができる生物だ。

染まる前に律するのか、染まることで心持ちを楽にするのかは個人の性質によるんだろう。

天使のはしご

2009.3.25

昨日にそれをするぜという匂いを漂わせて、墓参りに行こうと思っていたら、雨ですぜ。

何となくわかっていたけれども、「何とか晴れるんじゃね」と高を括っていたら雨です。
だから、既に慣れつつある隣から発せられるドリル系ノイズとitunesの選曲をBGMにして、『drunker×2』を創作。
どうやら今日はひたすら進められそうな日のようなので、休憩を終えたらまたとりかかる予定。

今月中には一段落つきそうな予感なので、新たな作品が始まる前に色々と決めていかないといけない。
でないと、昨年のように未発表のものが増えていくので・・・。

ギブミーマネージャーとも思うが、創作の(量ではなく質の)速度を上げる方が優先されるのは仕方のない性分です。

光を扱うからこそ光速を超えたいと思うのか、小学生の冬に「天使のはしご」(「天使の階段」か?)と出会ったから光を意識するようになったのかはわからないが、それらひとつひとつが組み合わさって、僕という写真家が存在しているのは確かなことだろう。

ぼたもち

2009.3.24

WBCの放送を横に置いて、スキャンと大判対応の創作。

これでひとまず『最期の自然』が一段落つきまして、時期的にもそろそろ個展のお礼状に載せるものを決めないと・・・。次の展示はおそらく五月末ぐらいからなので、そこに繋がるような画像にするのかは迷うところ。

それとは別に、今回の搬出日にcountzeroでの音楽やら何やらが変わるのかもしれません。逆につぶされちゃうかもしれないよ、geometric universe 。可能なら詳細は近々お知らせします。

それとも別に、数作品同時に進んできた創作がそろそろ落ち着いてきたので、冷たい石に情感を抱いて花でも持っていこうか。

失った人も、失ったものも戻ってはこないけれども、失ったものがあれば得るものもあるというのは1つの欺瞞のようにも思えている。

今年は何を話そうか。

草稿のようなもの2

2009.3.22

「『最期の自然』の着色が終った。寂寞感というか、荒廃、荒む、といった感じだ。「もう終った」というような思いが広がっていく。『drunker×2』や『光学装置の記憶』も手が付かないようにひっそりと沈んでいく感覚がしている。終わりだ。(3.20.09 13:01の制作日記より引用)」

作品があって、私がいる。すなわち、私は作品の媒体物として存在していると思っている。これは信仰のレベルに達しているといっても過言ではなく、「何のために生きているのか?」という問いへの解答としても君臨している。この媒体物としてのもてるもの全てをかけたのが『最期の自然』であり、創作に入る前から先に書いたような感覚を抱くかもしれないと予想していた。そして、「終わり」を感じてしまった。その洞察を深めたくて、20日は制作日記を書いてから夜が明けるまで作品と向かい合っていたのだが、感覚は変わらなかった。

そんな状態の中で3回目の在廊日を迎え、都立大学駅にあるテルメギャラリーに行ってから会場入りをした。既に会場には来場者がいて、みるみると満席、立ちっぱなしの状態になり、多くの方々と話をした。面白いのは、写真新世紀関係、大学時代、全くの他領域の人たちが同じ場所にいて、初対面で他領域の人たちとも話をしている光景が普通にあったことだ。私が話すと、作家たちとは作家業や作品のこと、サラリーマンたちとは世間話や下ネタなどと方法論がわかっているので新鮮味ということでは、知らない友人同士が会話をしている光景を眺めているときの方が新鮮な感覚をもっていた。

ただそんな風に眺めているときというのは、「あぁ、T大学駅にいたひとが可愛かったなー」や「あぁ、あのひとも綺麗だなー」など鼻の下が伸びていることが多々ある。

そして、作家業の話をした人たちの新作を観たいと思ってしまうし、観たらもっと話をしたいと思うんだよね。それは中島さんにも秦さんにも東京くんにも同様に思うことで、その作品が良かったらやっぱり悔しさが湧くのは当然なんだよね。なぜなら、土俵に上がっているからで、私たちは鑑賞者になっているときでも創る土俵に上がっているからなんだろう。

けれども、20日の感覚は薄れていないまま22日のAM8:14を迎え、たしか今日は「新日曜美術館」が放送されないので風呂に入って歯を磨いて2日分の睡眠をとろうと思っている。

※展示をすると毎回色々なものを頂くので、毎回励み(?)になります。ありがとうございます。これが朝食や肴になります。