問題解決法
2013.3.4日々のこと僕は色んな人と会うけれど、毎回同じような話ばかりしている。ほとんどの場合は、お相手の方から話を伺って反応をするような流れだが、相手が問題を抱えていてもそうでなくても、順を追って話を進めるということをしちゃっている。
問題が解決出来ずに悩み続けてしまう場合、どこから手を付けて良いか分からないということがある。けれども大抵は、問題を大きく作り上げていたり、自分を良く見せようとしすぎている場合に、手の付けどころがわからないということが起きる。
それを僕は大学受験で知った。
現役時代、僕が書いた答案は全て正しいと思い込み、「俺は天才だ!」と豪語していた。恥ずかしながら、僕らの高校は偏差値30~40台程度の公立高校で、僕も例外ではなかった。その事実に目を伏せていた。つまり、良く見せるということをしていたわけだ。そんな状態で問題に挑んでいたのだから解答できているはずもなく、心理学を学ぶためには浪人をしなければならない羽目になった。
その後の怒濤の勉強漬けはよく話していることなので割愛するが、現役時代と同じ大学を受験したら、「何が分かるか、何が分からないか」が分かるようになり、分かるものから順を追って解いていくと、最初は「分からない」と判断された問題も解けている(正解している)ということが起きている。
問題を俯瞰し、細分化し、また俯瞰していると個々の問題が繋がっていることに気付き、問題制作者の気持ちになっていることもあった。その動きを人と会話をしている時にもしているのだが、「エグチさんと話していると気持ちがいい」と度々誉めてもらえるのは、相手の気持ちを考慮しながら、その問題や会話内容を向上させたい(試験に合格したい)という想いがあるからだろう。
そして、試験に試験時間があったように、会話にも時間があり、人が生きられる時間も制限されていることを理解しているから、その時間内で成果を出したくなるのだ。人の命の時間の短さは、嫌というほど知っている。後悔をしていたら、笑って死ねないでしょうに。やっぱりね、最期は笑って死にたいよね。