中平卓馬さんの言葉が素敵に思える

2013.1.7日々のこと

中平卓馬さんの文章を読んでいるのだが、これが面白い。きっかけはある事柄の調べもので、その事柄について中平さんが書いていることを知り、その文章を読み始めたことからだったのだが、他の文章においても「面白いなぁ〜」と読み始めている。
 
書いていることは批評だ。けれども、社会や業界のことを交えながら、「では、自分は何をするか」という内容が多い。そして疑問に思ったのだが、中平さんに続く人が出てきていないのは何故だろうか?
 
写真家を選ぶ人種が文字を残したり、出版したりすることは多い。けれども、そのどれもが、「私小説」や「随筆」の類いで、批評と書かれているものを見つけても「それはアナタだけにしか通用しないよね」という感想を持たざるを得ないものばかりである。その後、中堅以降になってくると文字すらも扱えない人達になり、その傾向は加速されている。
 
なぜだろうか? と考えてみると、職業の細分化と言葉の氾濫、メディアの氾濫の加速と重なっているように思える。誰が見ているのかもわからないままに、発表することや人に見せることが当り前になり、その媒体は安っぽくても構わないようになっている。同様に、職業に就いた人は、ただただその分野にだけ従事しているようになり、他人と喧嘩をしないがために口を出すこともしなくなった。口を出すことによって、いざ口を挟んだ時には、礼儀を欠くようになっている。つまり、人を軽視するようになっている。
 
社会というと、とても曖昧なものになってしまうけれど、人を考えて自分の話をするというのが、よき批評に繋がるんじゃないだろうか。

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