ダームー、ドーカン。
2018.12.3ビジネスの健康, 日々のことライティングが説明しかしない場合、ぼくはコピーライティングをしないようにしている。
ほんとうはした方がいいのだが、企業に「冗語の大切さ」を伝え、理解してもらうのは不可能に近い。
ライティングが説明しかない場合、こんなやりとりが起きる。
説明的な文書を書く→手直しをする→文章は変わるが説明的なことは変わらない。
なにひとつとして説明的なことは変わらないのに、「こちらの方がわかりやすい」という理由、「より説明している」という理由で変更が加えられる。
しかし、伝えている内容は、あまり大差がないことが多い。
変更をする企業の人は、言葉尻を変えただけで、説明的な文章の中身や、言い方のレベルは変わっていないことに気づかない。
だから、こういう企業が相手の場合、骨組みだけ伝えて、あとは好きに書いてもらっている。
ここを変えるには、冗語を使えるようにならなければいけない。
むしろ、コピーライティングをしたいのなら、冗語を扱うのは基礎だとも言える(と、ぼくは思っている)。
しかし、普段から冗語を使って人とコミュニケーションをとらないから、この大切さを知らないのだ。
街中に溢れている広告を見渡しても、たいして面白い広告がないのは、たんに説明しているだけだからだ。
「説明をして、いいでしょ、これ」と、営業をしているだけの広告が多いからだ。
人は、営業されることを嫌う。
営業や広告づくりの基本だ。
無駄こそが、人を感動させる。