情を込めるということ。

2018.11.28ビジネスの健康, 日々のこと

真心を込めることは、プロの価値にならない。
けれど、込めちゃうものは仕方がないじゃない。
ボツ案も採用した案も、俺にとっては同じだよ。
 

素人は真心を込めることを価値にしがちです。
「愛情込めた料理はおいしいでしょ」ってやつです。
愛情を込めることと、料理のおいしさがイコールにならないことは、プロだったら分かっています。
いまではお店のホスピタリティも価値になっちゃうのかな。
まぁ、料理店の話だけでなく、この「気持ちを込めること」が、事業の利益に結びつかないことは、仕事をしている人なら分かるでしょう。
 
もしも、そうじゃないのなら、世の中の事業で赤字になるなんてことはないです。
経営者はみんな必死です。
従業員だって必死です。
売れるものには理由があります。
美味いから売れる、いいものだから売れる、おもしろいから売れる。
他人にとって価値になることが提供できて、はじめて利益がうまれます。
 
そんなことは分かっているんですけどねー。
そんな割り切りだけで仕事ができるほど、機械化されてないっちゅーねん。
俺にとっちゃ、どんな案も情があるよ。
 
こっちの方がおもしろい、こっちの方がいい、というのはあるし、プロとしての技術なんかもふんだんに駆使してますわ。
怜悧冷徹に判断しながらも、排除しようとしても生まれちゃうのが、作品への情です。
だから、若手が出してくる案にも同じような情が込められていると思って、返却してます。
この辺りは、つらいんだよね。

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