移住。

2016.3.12日々のこと

移住に関することを調べていて、移住にまつわる良いことが書かれている記事や、大変さが載っている記事ばかりであったが、「移住の先進地域」ともよばれている場所での、Uターン者の記事に興味が湧いた。
 
どうやらその記事によると、「移住者達」「地元にずっといる人達」「Uターンの人達」がそれぞれグループ化して壁が生まれているらしい。
 
その記事の書き手の言わんとしていることは理解できる。私も、地元の駅周辺が発達し、子どもの頃から随分変わり始めた頃は、違和感を感じていた。しかしだ、便利なものは便利だし、過疎と呼ばれるまで人口が減少してしまうと、その土地に希望を見出せなくなるのは当然の心理であり、経済的発展を望むのなら、人の数はある程度まで増やす必要が出てくる。もしくは、人が少ないからこそ、エッジが立ち、目立つことにより情報が広がり、人を呼ぶことで、お金をその町に落とすことが生まれる。
 
つまり、私は、この記事を否定的に読んでいたのだが、その地域の移住者のカフェを見ていると、いわゆる「田舎に暮らしてきた人」の格好でも、雰囲気でもない人達が集まっていることに気がついた。現代風に言うと、「感度の高い人達」の様子なのだ。
 
その違和感に気がついたとき、私がやりたいこととして「洒落てなくても良いから、自分の望むことを徹底的にこだわりたい」というフレーズが頭に浮かんだ。
 
例えば、他の誰が何と言おうが、自分にとっては100%カッコイイと思えるものを作りたいし、心身はパフォーマンスが高い状態で仕事には望ませたい。肩肘の張る気取った料理よりも、品のある家庭料理を作りたい。自分が関わった人達には、ハッピーな気分になってもらいたい。
 
それらはすべて、スキルもマインドも全部を使った人間そのものによる行いだ。あぁ、こういうことをしたいんだと腑に落ちた時、もっと色んな土地に足を運んで、スキルもマインドも向上させようと思った。多くの人と同じだろうが、たとえ「異邦者」であろうが、誰もが笑える解決策を生み出せるような、そんなスタンスでいたい。

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