音が見える
2013.1.14日々のこと昨日は、セレブ弦楽四重奏団のライブに行っていました。「ライブ」と聞くと、モミクチャになったり、宙を泳いだり(モッシュ&ダイブ)を経験してきたので、始終椅子に座って聴けるものは新鮮だ。しかし、とても体の細胞が起きてくる、耳で聴くというよりかは、「体で聴く」という方が合っているだろう。それが「生の音」の魅力であり、彼らの音楽でも同じことが言える。
弦楽器と聞くと、敷居が高いように感じる人もいるだろうが、ヴァイオリンの始まりは大衆楽器だったときく。15、6世紀の酒場で誰かわからん奴らと酒を呑みながら踊り、中心にはヴァイオリンを弾く仲間がいる——ヴァイオリンに関する僕のイメージはそんな感じだ。彼らの奏でるものには、それと近いものを感じる。アドリブあり、笑顔あり、そういった場所で偏屈に身構えるのは似つかわしくない。音に身を任せてしまえばいい。
耳で聴き、皮膚で聴いた音が体内を巡ると、目の前にビジュアルが現れる。共感覚として発達した視覚が、会場とは違う景色を僕に見せる。時には会場と融合し、時には離れ、音が形となっていた。「こうやって動けばいい」、作品をつくることと同じだ。見えたものに対して、素直に動けばいい。