歴史の深さ
2013.1.5日々のこと生業としていることを他人から誉められても貶されても、的外れな感じがして釈然としないことが多い。なので、なぜそのような誉め方(貶し方、説教)になるのか考えてみたら、以前書いたような「責任の在処」と関係しているようだ。
結論から述べてしまうと、「業種の歴史の深さ」に起因しているようだ。僕ら写真家は写真の歴史(約200年)が前提となるが、そこだけで終らず、絵画の歴史、洞窟壁画の歴史——つまり、人間の歴史が僕らにのしかかった上で、新しい作品を生み出していく。
自分の人生は自分自身で引き受けなきゃならないのは、全ての人に共通だとして、僕らの場合は仕事に、こうした歴史や先達の偉業を繋げていく役目が出てくる。今では分かれてしまって、歴史ではなく、上っ面の目新しさを優先してきたデザイン業界においても昔は同じだったはずだ。そう、僕がやっていることは、実はとても古典的なやり方で現代の技術を合わせているにすぎない。その中身の考え方は、先人達の遺産を含んで、新しい考え方(今や、今後必要となる考え方)を提示しているつもりだが、手を広げているだけというのとは違う。
現代の人達が勤しんでいる職業というのは、(リーマン社会というのもあって)近現代に誕生したものばかりであり、歴史が浅く、「歴史を背負う」ということを理解できないのは仕方がないとしよう。しかし、デザイン業界(カメラマン業界、広告か)にいる人間からそのようなことが起きるのは、いかがなものか?