生産性の向上とは。

2019.8.20ビジネスの健康, 日々のこと

受賞してから、「事務所に残っていても受賞できただろうか」と考えてみたことがある。
たらればの話はキリがないのはわかっているが、事務所に勤めるデザイナーは似たような疑問を抱いているだろうと思い、ちょっと考察してみた。
 
結論から言うと、難しいだろう。
理由として、ぼくは生産性向上にかなり努めてきたことが挙げられる。
それは、今も変わらずに努めている。
なぜ努めて生産性を向上させようとしているかというと、生産性の向上は提供するクオリティに直結するからだ。
「生産性」について語ると多くの人が、「効率的にお金を稼ぐこと」と考えるみたいだが、この考えは生産性を向上させない。
生産性の向上とは、「適切な時間をかけて作られる高品質のものを、適切な価格(高い価格)で売ること」だ。
つまり、「高級なものを高級な価格で売ること」と言える。
日本人が間違っているのは、「高品質のものを、短い時間で安く買うこと」に生産性があると思ってしまうことだが、これは収益が下がり、結果として納税額が減り、国益が減るため、生産性は下がることになる。
そして、このことが、事務所に勤めるデザイナーが、疑問を抱くだろうと予測できることでもある。
実際に、独立してからこの手の質問は多い。
 
早速だが、どんなことに取り組んできたか。
一つ目は、設備投資だ。
新聞図書費をケチらない事務所は多いと信じたいが、使用するデジタル機器への投資をしない事務所は極めて多い。
日本にあるすべての事務所を調べたわけじゃないから、正確さは欠けるが、ぼくが勤めていた事務所をはじめ、見学させてもらったり、仕事を手伝った事務所のデジタル環境はひどいものだった。
事実、ぼくが事務所に勤めていた頃、会社から支給されたパソコンだとOSのアップデートができず、ソフトの新バージョンをインストールするには、私物のパソコンを使っていた。
クライアントの方がアプリケーションのバージョンが新しい場合があり、バージョンを下げてから同僚に共有する。
これが積み重なれば、大きなコストとなる。
こういうことをひとつでも放置できる企業というのは、その他のすべても放置できる企業であることが多く、旧式のデジタル機器を使用するコストは、そのまま生産性の低下につながる。
しかも、たとえ、パワーのあるパソコンがあっても、それを使っているのは作業量の多い若手ではなく、役職のある人だったりする。
 
これが二つ目と関係しているのだが、役職に酔う上役が多い。
本来、デザイナーやディレクターというのは役割の違いであって、ディレクターは役職とはならないのだが、日本ではなぜか役職として存在している。
これもまたすべてのディレクターを調べたわけではないが、縦割り社会が長く続いた日本の習慣が、クリエイティブ業界でも根付いている。
ディレクターやデザイナーが職種ではなく、役職になってしまっていて、優秀な若手が時代錯誤な年配に翻弄されている現場がある。
こういう現場では、クライアントの都合をディレクターが聞くばかりになり、事務所が疲労困憊になる。
これは営業職のいるデザイン事務所でも、同じ現象が起きる。
そして、デザイナーが疲労困憊になれば、インプットに当てる時間や労力の確保が困難になり、勤める年数が長くなるほど、知識も技術も古びたものになり、若手の方が優れてくるのだが、若手はこれを発揮しても、成績に反映されないので、自分の行いが無駄だと思い込むようになる。
安いくて納期の厳しい仕事しかなく、これをこなしても、安い賃金しか支払われず、手柄はクライアントと会っている営業かディレクターに持っていかれる。
そうして、負のスパイラルから抜け出せなくなった若者は、先輩ディレクターと同じような仕事の仕方しかできなくなる。
 
これが、三つ目につながってくる。
クライアントの都合を聞くばかりになり、安い仕事を短納期で請け負う事務所となっているケースだ。
クリエイティブ系の事務所とは、ただでさえプライドの高い人間の集まりなので、自分たちが高い品質を提供していると思っているのだが、クライアントは安く、納期までに仕上げるから依頼をしているというケースは多い。
実際に、ぼくが関わっていた案件で、事務所と長い付き合いのあったクライアントと仲が良くなって、先生事務所ではなく、自分たちへ多く依頼している理由を聞いたことがある。
とても丁寧な言い回しだったが、一言にまとめると「安いから」だった。
それで受注が多くなるのだから、要するに「薄利多売」だ。
あけすけに話す自分を前にして、舌が滑らかになったのかもしれないが、ぼくはその言葉を聞いたとき、自社内の人たちが豪語しているプライドと、社外の評価のギャップに絶句したことを覚えている。
 
クライアントが何で喜んでいるのか。
ぼくが値下げ交渉を一切受け付けないのは、当時の経験が影響している。
自分のプライドの高さは、自分がよく知っている。
品質を売りにしているのなら、必要な時間をかけ、必要な値段を伝える。
それでも、クライアントと懇意になることは可能だ。
雑談をしたり、本音で話したり、お互いのことを気にかけたり、普通の友達や家族のような付き合いをさせていただいている。
 
だから、ぼくの伝える価格が高いと感じた人とは、関係は持たないようにしている。
高いのではなく、「今は払えない」のなら、払えるタイミングや可能なことを一緒に考える。
そういう仕事づきあいをさせていただいている。
 
長くなってしまったが、受賞に至るクオリティを担保できたのは、労働生産性の向上に努めたことが、少なからず影響している。
一つ目は設備投資、二つ目は役職を無視すること、三つ目は高い品質のものを適正価格で売ること。
事務所を辞める前、ぼくはこの三つを求めていた。
そして、この三つは叶えられている。

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