かなしみを、感じていない。

2019.5.29心の健康, 日々のこと

瞑想中に「そういえば最近、かなしみを感じていない」と気がついた。
感動して泣くことはあるし、ムカついたり、怒ったりすることも、爆笑することもある。
けれど、「かなしみってどうだったっけ?」と、かなしみについて忘れるほど感じていないのだ。
気だるさも、面倒臭さも、やるしかねーという気合いもあるけれど、かなしみだけ、感じていない。
別に何か問題があるわけじゃないんだけど、何かをポッコリ失っているような。
 
理由を探っていると、歯列矯正のワイヤーが影響してそうだ。
下側のワイヤーは表側についていて、装置の付いていない前歯四本を跨(また)ぐように設置されている。
このワイヤーが、下唇を常に圧迫し、軽いしゃくれのようになっている。
これに意識を持っていかれる。
 
爆笑したり、怒ったり、感動しているときは、このワイヤーの圧迫感は忘れている。
ということは、「かなしみ」は、この圧迫感を超える感情ではないということか。
性質なのか、量なのか、超えていない事実だけが横たわっている。
この感覚は、忘れない方がよさそうだ。

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