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2009.10.21日々のこと

 最近はバタンキューで眠りにつくような日々が続いている。

 その甲斐あってか、色々なものが繋がってきた。しかしその瞬間、もっと晴れやかな気分になるのかと思っていたら、淡々と次に進んでいる自分がいた。欲がなくなってきて、真ん中にいれているような気持ちもしている。

 最低限の衣食住があれば人は考える力を得る事ができるが、そのどれかが著しく欠けると人は考える力を失っていく。一方、贅が加わっても人は考える力を失っていく。それが分かっているから、昔から富ある家柄は教育に力を入れて来たわけだが、やはり現代では贅のため、生活のために生きるのが当たり前となっている。それが現代における、人が人として生きることであるのならば、やはり、藝術や哲学、教育を必要としないのも納得がいく。けれども、贅のためや生活のために生きている者ほど、日々を不満気に過ごしているように見えるのは何故だろうか? 気のせいか?

 ギリギリの生活状況だったり、明日死ぬかもしれないような状況だったりしても、考える事を怠らない人ほど満たされているように見えるのは思い違いではないだろう。

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