いつも話していること
2013.2.4日々のことウィリアム・モリスさんの『民衆の芸術』。1879年の同講演を記録したものであり、文庫本でたった30ページ足らずの本である。
始めに断っておくと、この本に僕がいつも話していることが詰まっている。そして、現代日本の社会状況、経済状況、大衆意識も書かれている。氏は同講演でイギリスを取り上げているが、この内容を思い返すと当時のイギリスをなぞったような質の低下を約130年後の日本が行っていることに、憤りを通り越して悲しみを含んだ呆れを感じざるを得ない。
氏の話す大衆における正義感の欠如と奢侈の欲望、少数における芸術の宮殿への籠城——僕の言葉では大衆における公正さの欠如と不適切な形、少数における専門家の専門家のための言葉、見せ方——そういったものが巡りに巡って、自分たちを苦しめることとなり、全ては繋がっている1つのものであるのだから、苦しみを打破するのは、どこかで1つの突破口を見出せば良いだけのことである。
ずるをしない——ただこれだけのことで全ての苦しみを打破できる。そして、職業など関係なく、多くの人達に喜びや楽しさの種を植えることができること、それが「藝術」だと信じている。喜びの種を植えることが出来るのはアートの専門家だけではなく、全ての人が出来ることだ。
しかし、そのような社会をつくる道は極めて困難であり、享楽のために私腹を肥やしながら安価を求める大衆と、諦めた果てに専門家だけを相手にする少数の内の少数(現代では我々の方が少数の少数になっているが)を連日相手にしていると、やはり心が折れそうになることもある。
諦め切れないのは、作品をつくり、良い動きができ、喜びや楽しさで満たされた時に感じる本当の自由、開放感、幸福感こそが最期の瞬間を笑顔で向かえられる術だと思うからだ。