贅沢な音

2010.9.15日々のこと

 人々が行き交う中を一緒になって歩いていると、自然の声が聞こえるときがある。

 20歳になった頃、僕は雪国を舐めていて、暖房も何もない無人駅のプレハブ小屋で一夜を過ごすという暴挙にでた。一応、断っておくが、上は5〜6枚、下はズボンも靴下も2枚、冬用の寝袋の中にいたのだが、今思っても、もう2度と陥りたくない状況だ(自ら進んだんだけど)。しかし、そんな状況下で僕は外に出て、今思っても一番贅沢な音を聴いたのだ。それは、雪の音だ。よく物語などで「しんしんと降る」という時の「しんしん」という音だ。体も意識も半分は眠ろうとし、もう半分は眠るのを拒んでいるような状態に降ってきた白い音。それは、あまりにも静かで、あまりにも弱々しいのだが、そっと包み込んでくる。そして、どんなロックバンドよりも、オーケストラよりも雄弁な音の洪水となって、僕を逃そうとしなかった。

 そうこうしている内に電車が来て(いったいどれほどの時間、外にいたのだろう)、僕は電車に乗り込んで車窓から朝日を見ていた。しかし、さっきまで語りかけ続けてくれた声はもういなかった。変わりに朝日が僕の体と意識を深い眠りに導いていったのだった。風の声や光の声を地元で聴き、雪の声をどこだかわからない北の国で聴き、群衆の中で、人ではない自然物の声が聴こえるようになったのはいつの頃からだろうか。


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