「信じる」ということについて、よく質問される。 「争いはなくなると信じているか」、「○○は実現できると信じているのか」など。実際にそうだ。僕は信じているし、そのように言動を選んでいる。しかし、疑問を投げ掛ける人達が考えるリスクや不可能性もわかる。 なので、最近ではこう考えるようになっている——「やりたいのか、やりたくないのか」。 リスクを考えていても、実際問題として、やりたいから、作りたいから、できると信じているのだ。 これが、何よりも強い、内発的動機付けだ。
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