最短距離にも短いの字があるのね、当り前ですが

2011.12.1日々のこと

1日が24時間で区切られていることに対して、「なんと短いのだろう」と考えるときが頻繁にある。そのためのなのかもしれないが、何かを断る要因に「時間の無駄だな」と思ったためであることが多い(ような気がする)。人間はどんな悪環境、悪条件下であっても自分にプラスに働かせて成長することが出来るが、環境が悪ければ悪い程、その人の意志や成長意欲が必要になってくる。そして、そんな意志や意欲がある人間は、よりよい環境にいた方が成長率が上がる。

僕はよく「最短距離」で進めることを推奨しているが、これは物質的な最短距離ではなく、精神的な最短距離なのだ。例えば、景色を味わいながら山道を進むことが最も良い進み方の人であれば、その進み方がその人の最短距離になるだろう。一方、駆け足で山頂まで走り抜けるのが最も良い進み方なのであれば、それが最短距離である。どちらが適しているかはその人次第であり、このような最短距離をほとんどの事柄において考えている。僕が「時間の無駄だな」と思っているときは、最短距離ではないと判断をした時である。しかし、この最短距離、先にも述べたように何が適しているかは「その人次第」なのが厄介なのだ。その人次第ということは何かを判断する前に内省が必要であり、この見立てを誤れば、見立ての先にある判断は酷く誤ったものになってしまう。つまり、ここでも大切になるのが「自分が一番大切にしていること」である。「判断がつかない」、「内省がわからない」のなら、自分に一番のことを考えればいいだけだ。


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