説明が奪うもの。

2018.6.13ビジネスの健康, 日々のこと

年上の方々が、「広告がつまらなくなった」と話しています。
一方で、「デザインは経営に必要だ」とも言われています。
このときのデザインは、クリエイティブも同じ意味です。
両方の人の話を聞く現場にいたことがあって、両方とも同じことを言っていると、気づいたときがありました。
 
経営に必要だと言われているデザイン(クリエイティブ)というのは、言葉によって整理できる能力です。
「なぜこのデザインなのか」「なぜこのコピーなのか」「思考整理の再現性」「スキルの再現性」「ユーザーの求めていること」などなど。
つまり、説明できるデザインを必要としています。
 
これに拍車をかけるのが、マーケティング数値を合わせたデザインの説明です。
(数字を美しく扱えるマーケターって少ないのです。絶賛、募集中でっす!)
すると、広告も説明的になります。
説明しながら作るから。
説明しないと社内の予算がおりないから。
そうやって、人(素人)の意見を聞きながら、数値化して、広告を作ります。
(論文のように、ちゃんと数字と友達になれるマーケター、本当に会いたいです!)
 
こんな作り方じゃあ、つまらないですよね。
何のために、長年、デザインの力をつけてきたのか、分からなくなりますよね。
自分で考える力も、必要ないですし。
年長者たちが、こぞって「つまらなくなった」と言う理由がわかります。
 
広告を見る生活者たちも、説明された一枚を読むだけだから、「おもしろい」「つまらない」を判断せずに、単に理解するだけです。
こうやって育った生活者たちと、サラリーマンや経営者と、デザイナーを志す若者たち。
説明で溢れた世の中で育った人たちは、何をおもしろいと思うのか。
 
ちゃぶ台を返すようですが、ぼくは、よく分からないけど、おもろいヒトやモノが、やっぱり好きです。
遭遇する度に発見があったり、自発的に考えさせられたり、期待を裏切られたり、飛躍したり。
老若男女、色々な職種の人たちと話をするおもしろさって、ここにあります。
 
話をしても、伝わらないおもしろさ。
言葉にできない、おもしろさ。
言葉にできない、もどかしさ。
 
こういうモノゴトを、言葉にしてはいけない。
伝えた気になって、こころに、しこりが残るから。
もしも、デザイン(クリエイティブ)の力を借りたいのなら、言葉にできないものの存在を、信じてもいい。
 
こういうことを最近考えていたら、前川清さんのコンサートを聴くタイミングが、先日、ちゃんと訪れたのでした。
歌謡曲のよさと、クリエイティブのおもしろさって、近いところにあるのかもしれませんねー。


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