自然との会話。

2015.8.16日々のこと

昨日は、墓の近くの手頃な山に入る。近場には観光名所になっている滝があり、人もまばらにいたのだが、一つ道を外れて進んで行くと人は全くいなくなった。カメラを持って、山道に入るのは久しぶりだ。シダが生い茂るように、ここは湿度が高い。汗が噴き出ているにもかかわらず、喉が枯れていかない。
 
一人で進んでいると、山の中がちゃんと生きていることに気がつく。木も草も土も虫も川も岩も、、、その形があって生きていることに気がつき、自分はたまたま人間の体をもらっていることを理解する。
 
人々の社会の中に生きていると、単なる約束事でしかないことが命のやり取りのようになってしまっていることがある。人の世の中は所詮はその時代、文化によって変化するもの。ある種、この社会の中のことの方が、固定的で有限的な物事のように思えてしまう。
 
この体、この魂は、自然物なのだ。そうと気がつけば、一人の不安よりも、自然と呼応していく未知のワクワクが勝ってくる。単純に、ワクワクが足りていなかっただけなのかもしれないが。

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